16歳、NYへ渡る。【3】

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コラム
小説が好きな人ならきっと知っている。

どんな冒険も唐突に始まったりはしない。「起承転結」ルールに則って何かしらことの発端となる出来事が起こるのだ。

そしてそれは大抵、不幸な事だ。
なぜなら、アンナ・カレーニナの冒頭でトルストイが明言しているように
「幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである。」からだ。

ハリー・ポッターは、闇の魔法使いに両親を殺され、自分だけ生き残った。
ナルニアでお馴染みの4きょうだいは、戦争のために親元を離れ、屋敷に疎開することになった。
はてしない物語のバスチアンは、母親が亡くなった上にいじめにあっていた。
・・・あげればキリがない。

私の物語も例外なく、そうだった。
それまで、私の未来は明るかった。
望みの高校には推薦をもらい入学することができた。赤本を読みまくり、自分が理想とする行きたい大学の目星もついていた。
その時まで、私は自分が何者で、どう生きていきたいのか、何者になりたいか、何をしたいのか全てわかっているつもりでいた。

そして、私は、現実の厳しさを知ることになる。
いや、薄々気づいていたのに守られていたせいで直視できなかった現実を直視することになったのだ。

ことの発端は、両親の死でも怪しい指輪でもない。
たった一本の電話だった。
それは高校受験の志望校を決めようと様々な明るい未来を思い描いていた矢先のことだった。
決して私が取るべきではなかった。と同時に、私以外取るものがいなかった電話。それこそが、私にとっての冒険へと繋がる「起」だった。

私は、電話が切れるその瞬間まで無知な子供のふりをすることを自分に許した。そして電話の相手は、私相手に話しても埒が空かないと悟り、適当なことを言って電話を切った。

私に父親が借金をしていることを知らせたその後に。

その瞬間頭は、目まぐるしく動き出した。今まで、聞こえないふり、理解できないからスルーしていた大人たちの会話、耳を塞いでも入ってきた当時は考えたくなくて記憶の片隅に追いやっていた喧嘩の内容までもが一気に蘇り、私は愕然とした。

周囲の大人たちが私に、私や妹に隠してきた醜い現実に気づいてしまったのだ。私はもう、無知な子供ではいられなかった。いられるはずがなかった。
だけど、私は泣いたりしなかった。腹を立てたりもしなかった。ただ、恐ろしいほど冷静に自分にできる最善を考え始めていた。

高校進学は諦めようと思った。都立といえども、学費はタダではない。
私は大抵のことに臆することなく挑戦できるし、頭は悪いわけではないが、どんなに勉強が好きでも秀才とはいかない程度だった。
しかし、妹は違う。妹は持病もあるし、守らなければいけない存在だった。頭も良かったから、自分が我を突き通したせいで、妹が望む進学先を選べないのはきっと自分には耐えられないだろうと思ったから。

もしも、本当に高校や大学に行きたいのならば、働いて、お金を貯めてから通信制の高校に通っても良い。そこまで考えていた。

そして、私は考えがまとまると、胸を切り割かれるような痛みを覚えながらも母に全てを話した。
気づいてしまったこと、それ故に導き出した自分の考えも。 
母は最初は驚き、次は悲しみ、最後は怒っているような表情を浮かべて、最後まで私の話を黙って聞いていた。そして、私が話し終えるとこう言った。

「高校は、出なさい。なんとかなるから。」

以上、たったそれだけ。母は私の話を理解していないのでは?私は一瞬そう思ったが、母の断固とした表情を見ればそうではないことは明らかだった。
納得いかない様子の私を見て、母は表情を和らげ、こう付け加えた。

「子供のことって案外、なんとかなるものよ。それにね、これは子供のあなたが心配することじゃないのよ。」

子供扱いにムッとしたのを覚えているが、今思えば、その時、本当はほっとしたのだ。まだ子供でいられる。まだ、夢を見つめ続けることができるのだと。

だから私は、その後重ねた幾度かの話し合いの末、渋々、高校を選んだ。
万が一大学へはいけない時のために、特別なカリキュラムを組んでいて、且つ公立の高校を。

けれど、その時私は知らなかった。私の物語の「起」の部分はまだ始まったばかりだということを。

ーつづく

「わたし、幸福になれるかしら?」
「それは自分できめなければならない」
ーJane Austen 


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