ネコバスって何ですか

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馴染みのバーが混むことは珍しく、落ち着いた時間を過ごすことができる。そして、マスターとの僅かな会話が心地良い。私は、いつもカウンターの左端に座ることにしている。

このバーは、もともとは別のビルで密かに営業されていたが、そのビルが解体されることになり今の位置に移転した。かつての店では左端の席が狭かったので、私はその席を率先して使うよう心掛けていた。今の店の位置は目立つ場所にあり、一見さんを時々みかけることもある。おそらく観光客だろう。

その日、私は居酒屋で女将と二人きりになり互いの子どもや孫の話をしていた。女将の子どもはトトロが好きだという。トトロとは『となりのトトロ』のことだろうが、私はスタジオジブリの作品を余り見ないので、トトロがどういうものかを理解できていなかった。子どもが好きだというのだから可愛いキャラクターだろうと考えていた。

かつて娘と一緒に『火垂るの墓』という映画を見た。とても悲しく悔しい気持ちになった。そして、なぜ、この映画を子どもに見せているのだろうと感じながら、涙があふれた。単なるアニメと思った映画から強いメッセージが感じられ、大人向けの物語だった。スタジオジブリの作品には熱い思いが詰め込められている。そういう作品は、娘が少し大人に近づいてから見るようにしようと考え、それ以降はディズニー作品を多く見たと思う。

女将が私に「ちょっと顔を上げてみて。ほら、やっぱり、ネコバスに似ているよ。少し斜めからみたら、そっくりだよ。」と言い、私のボトル名をネコバスと書き換えた。私は、ネコバスが何かも分からないままバーへ向かった。

バーのカウンターはほぼ埋まり右から2番目だけが空いていた。左右とも女性だったので帰ろうかと思ったが、マスターの反応をみて右端に座っていた女性が少し右側にずれてくれたので、その対応に感謝し席に座った。右側の女性とは何度か面識があった。
ジンのソーダ割を飲み、内容は覚えていないが彼女と少し会話したと思う。

2杯目に同じものを注文したときに左側の女性が私を見ていることに気づいた。軽く会釈をしたとき彼女から思いがけない言葉を受けた。
「初めてで失礼かもしれないですけど、ネコバスに似ているって言われませんか」。私は彼女に「ついさっきも、同じようなことを言われたが、ネコバスを知らないので、自分では似ているか分からない。」と答えると、それを聞いていたマスターと従業員が笑いだした。こんなことで盛り上がるのは、このバーでは珍しい。

その後、彼女はスマートフォンでネコバスの画像を出して見せてくれた。ネコ顔をした乗り物のようだった。似ていると言われれば似ているようにも思った。

私はスタジオジブリの作品を今でも見ることはない。これからもネコバスの正体を知ることはないだろう。

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