サンマ苦いか塩っぱいか

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私が通う馴染みの居酒屋ではサンマにこだわり、大き目で脂がのっているものだけを釧路から直送で届けてもらっています。
私は、その理由を知っています。

私には、週のうち3回程通っていた寿司屋がありました。秋になるとサンマの「なめろう」を軍艦巻きで出しており人気がありました。大将は一人で店を切り盛りし弟子を取らないことにしていたので、彼の技術は誰にも伝授されていません。

私は大将と一緒に、時折、繁華街に出ました。その居酒屋は大将に案内していただいた店です。その店の女将が大将に「なめろう」の作り方を教えていただきたいと懇願したのが10年程前でした。大将は女将に作り方を教え、その居酒屋でも「なめろう」が振舞われるようになりました。
大将の技術が後世に引き継がれたのは、後にも先にも、この1件だけです。大将は急逝され、それからは、この居酒屋が私のホームグラウンドになっています。
女将は、大将への感謝の気持ちを今でも大切にしており、秘伝の「なめろう」は最高のサンマでしか作らないことにしているのです。

なめろう.jpg

それを知った常連客が釧路漁協に勤める息子に依頼して今の形になりました。その常連客も体調を崩して夜の町に出てこないようになりました。
大将とその常連客。私は気の合う飲み友達をこの10年で2人も失くしています。

「なめろう」をしみじみ食べていると、女将が「サンマ苦いか塩っぱいか」と言ってサンマの塩焼きを出してくれました。

サンマ.jpg

『さんま苦いか塩つぱいか』とは佐藤春夫さんの「海辺の恋」の一節で、大将が「なめろう」の軍艦巻きを客に出すときに呟いていた言葉です。

ほろ苦い思い出をしたため、涙で塩味が加わるサンマを静かにゆっくり食べたい。それが私の今の気持ちと知っている女将は奥で洗い物を始めました。
この居酒屋は、引退するまで私のホームグラウンドであって欲しいと願っています。

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