【2023.04.18】子どもの人生を生きない

記事
学び
受験勉強、始まったというご家庭も
もうとっくに始まっているというご家庭も

どのご家庭も、どこか殺気立っているというか
そこまででなくても、「ざわざわ」とした
なんとも落ち着かない空気だと思います。


受験勉強、これって家ではいったいなんなのか?

受験勉強、合格を目標に取り組むご家庭ばかりかと思います。
合格しないことを目標にされるご家庭は、ほぼないと思います。
昔で言う、記念受験みたなの、まだあるのかな。

子どもには成功体験を積み重ねたいし、
適度には失敗体験も体験させたい。
今回は、この受験勉強のモヤモヤする正体についてお話したいと思います。

不合格というものに誰が挫折感を感じるのか?

受験の先にあるものは、まずは「合否」。
合格ならそりゃぁ嬉しいものですが、不合格だとそりゃぁ悲しいです。

悲しみは親子ともに感じるものだと思いますが、
挫折感は誰が感じるものなのでしょうか?

この挫折感を感じていいのは「当事者である子どもだけ」です。
どんだけ塾代や家庭教師・通信教育など教育費にお金を使っていても
挫折していいのは、子どもだけ。親ではありません。

受験を「投資」なんて言う親御さんもいらっしゃいますが、
子どもは投資対象ではありません。

「そんなのわかってるよ」という親御さんも多いのですが
実際に以下のケースになるとどうも風向きは変わってきます。

模試の結果に、親が一喜一憂するなんて

たかが模試、されど模試。模試の結果が良いから
合格するということがあるのでしょうか?

模試の判定自体も、志望校の受験者集めて行った
模試ではないから、CやD判定でてもまだ何とかなると思います。

合格できるかどうかやってみないとわからない、というのが
「CやD」判定だからだと僕は思っています。

その模試の結果に一喜一憂するのは、親です。
わかります、結果が出ると嬉しいし、出てないと不安になります。

その様子を見ている子どもは、親が何に反応しているか
観察して分析しています。

「プロセスである得点」に反応していることに気づくのです。

・問題集が初見でできたら、喜ぶ
・テスト、模試のできたところだけに、喜ぶ
・偏差値が上がれば、喜ぶ

なぜ喜ぶのか?親であるみなさんは考えたことがありますか?
当事者である自分を俯瞰で見つめてください、
おそらくこんな感じです。

・結果がでているから、喜ぶ
・合格するかもと期待が高まるから、喜ぶ
・自分の子どもは他の子より優れているから、喜ぶ

もっと根っこにある親が喜ぶについて考えると

親は、一刻も早く受験を終えたがっています。
土日も平日も、穏やかな気持ちなれない、ぎすぎすと
なんだか疲れる毎日。

・勉強していなければ、問いただし
・結果が出ていなければ、ダメを出し
・遊んでいれば、怒りだし


そして、この禁句を口にします
「もう、受験はやめよう」

「もう、受験はやめよう」と言うことの意味について

子どもとの人生は中学受験を経ても30年ぐらいは続くと思います。
子どもは子どもです。いつまでたっても子どもですが、親とは別人格の
人間です。コピーではないし、感情もあります。

結果が伴わない、態度が悪い、
ここに「時間」「お金」を投資しているのは親だ。
だから、受験の撤退する権利もしくは、決定権は親にもある!
「親にも」のにもがポイントです。

子どもにも、あるということだと思いますが、実際のところ
子どもが受験をやめたいと言えば、引き留めるのは親です。

これは何なのかというと
「やめるなら、親の都合とタイミングで、意思決定してやめたい」
ということです。

なにか、納得のできる理由をつけて、受験をやめたいのは「親」です。
とっとと、平穏な毎日にしたいだけなのです。

でもそれでは、子どもの人生を親が生きています。
子どもの人生の決定権は、子ども自身にあるのですから。

子どもの人生を生きないということとは?

子どもの人生を生きないというのは、言葉の通り
親は親の人生を生きるだけということです。

子どもに向き合い、寄り添いはします。
ですが、決定権は子どもにあります。

そう考えるようになれることが受験で得られる親のごほうびなのです。

・受験を無事終えられたことは家族全員の喜び
・受験に挑んだことも家族の喜び
・受験を決めて、挑んで、合否に関わらず結果をつかんだのは、
子ども自身の喜び

そう考えると、親も少しは気持ちが楽になります。


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