知らない内に限界まで追い込む自分を自覚した

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こんにちは。
5歳児のシングルマザーの豆崎あまねです。

離婚へに向けて話が始まり、離婚届けを出す
までに、私の場合、4か月でした。

短い様な気がしますがどうでしょうね?
(私の両親は、3年かかりました)

個人的には、離婚すると決めたなら
長引かない方が良いと思います。

長く話合った方が、なんだかより良い
様な気もしますが、
ズルズル長引けばよりややこしくなるし、
大して良い解決案が見つかる訳でもない。
お互いの気持ちも益々悪化します。

やる気を失っては、おしまいです。

とは言え、当時は私も早く終わらせたい
気持ちもありましたが、
そんなサクサク進めようとかドライな
気持ちでは全然いられませんでした。

毎日が不安と心配でいっぱいでした。

離婚協議が始まった時は、
生後半年の初めての育休復帰をし、
(会社でも育休復帰1号だった)
初めての保育園通いからの、
初めての発熱、有給連続取得、
初めての重めの風邪を移され、
料理嫌いには地獄の離乳食作り、
有給取りながらの各種の予防接種
実母のガンの再発、抗がん剤治療、
時短勤務による給与の激減、
仕事と夜泣きの両立で体力がきつい
等、同時進行で色んな事がありました。

上記の合間に有給を取って、裁判所に
通いました。

よく頑張ったよなあ。
と思いますが、ずっと嵐の中を
小舟で泳いで、溺れない様に必死。
って感じでした。

気持ちだけは切らさない様にと
緊張状態が常に続いていましたが、
ある時、先が見えな過ぎて、
まっすぐ歩けないくらいフラフラ
しました。

気持ちが悪くなり、頭がじんじん
痺れたみたいになり、自分でも
何だか分からなくなりました。

『ちょっと、フラフラする。 
 やっぱり怖くて冷静でいられない』
とやっとの事で言葉にして、
病気の母と知的障害の妹に0歳児を
託し、数時間寝させてもらいました。

当時は、3時間程度の昼寝の間すら
人に育児を頼めず、休日は1日中子供と
向きあっていたので、初めて人に
甘えました。

いつもは、
『母親に自分の時間がないのは
 当たり前だ』
と厳しい母親もその時だけは、
自分の体がしんどくても子供を見て
くれました。

私は今まで他にも何度かこういう経験を
した事があります。
自分を極限まで追い込んだ時、
(自分ではまだいけると思って無自覚)
身体が凄い拒絶反応を起こすのです。

風邪でもないのに、嘔吐下痢が3時間
くらい続き、トイレで気絶しかけたり。

この時は、脳がフリーズしたみたい
でした。

こういう事を何度か繰り返して思うのが、
もっと怠けようよって事です。

足し算に足し算を重ねれば、パンクする
のは当たり前です。

学生時代には、家事も生活費の準備も
していなかったのに、
社会人になり、ハードな仕事が足され、
家事がやっと両立できる様になり、
1人分の家事が3人(子供の家事は
実質+1なので、4人分)になり、
空いている時間は常に育児と離婚の
事でフル稼働。

そんなに持てません。

でも、何故か私は出来るはず。
頑張りが足りない。
皆やっているはず。
等と、もっともっと、まだまだ
と常に思っていました。

いいえ、出来ません。
出来ない事を認めましょう。
自分の実力・容量を見極めましょう。

私は当時こそ貯金をガンガンに使い、
一時保育や離乳食を外部発注する、
育児を手伝ってくれるアルバイトを
探す、
子供が熱を出すのは当たり前だからと
堂々とガンガンに有給を取る、
いやむしろ生後半年でなく1年で
復帰すれば良かった。
おむつやベビー用品も宅配を利用
したり。

1人で何もかもこなすのは無理なのに、
『出来ない、助けて』
と周りに言いませんでした。
『自分になら出来る』
と言うのは果たしてカッコ良いのでしょうか?

倒れるくらいなら、カッコ悪いと思います。
無理を重ねて死んだらおしまいです。
『出来ない、助けて』
と言える方が勇気があって、カッコ良い
と思います。

まだいけると思うずっと手前で減らす。
ちゃんと無理している事を自覚する。
ちょっと怠けてるくらいが丁度良いのです。

離婚協議中の方もそうですが、
育児中や介護中、仕事や人付き合いに
追われている人全般へ伝えたい事です。

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