一度目の休職⑥

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その人の生き方を変えることができる可能性があるのは、その人を愛している人だけだ。

朝から怒声が聞こえる。
あの日、「とにかく、やめた方が良い」と、怒りをあらわにする私をいさめた上司Aが、連日のように、作業開始から1時間ほど、怒り狂って新人を罵っていた。

誰もが予想していたように、新人は求められてる仕事をこなすことができなかった。
求められた品質を満たしていなくてクレーム。
作業が想定よりも進まなくてクレーム。
ルールを曲解してクレーム。
すべき報告をしなくてクレーム。
歴代の新人を圧倒的に引き離すペースでトラブルを量産する。

新人である以上、こういったクレームは誰しもが通る道である。
だが、通る道は同じでも、辿り着く場所が、まったく違っていた。
問題点を指摘しても、適切な作業を指導しても、指示通りにやらない、間違いを認めない、反論をする。
Dさんの時にも思ったことだが、私が舐められていたのではない。
たとえ、相手が上司であっても同様なのだ。
やはり、彼は“そういう人”なのだと私は思った。
この会社に入るまでの18年間、彼はそうやって生きてきた人なのだ。

ある日の朝礼でのことだった。
新人の態度に堪り兼ねた上司Aは、メンバー全員の前で上司Bに食ってかかる。
「こいつ、俺の言うことを守らんって言うんだけど、どうすればいい? そんな奴の面倒見れんだけど」
どっかで聞いたことのあるセリフだ。
「それなら、言った事に従うように対応するで」
対応したぐらいで解決するなら、こんな事態になってはいないだろう。
当り障りのない、薄っぺらな上司Bの回答に場が静まり返る。

私は上司Aに対して「な、俺の言った通りだろ?」と思ってはいたが、その日の上司Aの姿が、教育係を辞退したいと申し出た自分と重なってしまった。
私より立場のある人間が、これ以上は無理だと白旗をあげてる。
その姿を見て、黙っている事ができなかった。
「また、そんな当り障りのない言葉でお茶を濁すの? 上司Aは、そんな対応してほしいんじゃないよ。新人の能力をジャッジして、このまま指導を続けるのか、止めるのか、どっちが会社にとって有益か決めてほしくて言ってるんだよ。 また、俺の時に見たいに見捨てるの?」
「見捨ててないよ。対応するって言ってるじゃん」
何にも伝わってない…
いや、何も考えていないのだろう…
私はそれ以上、言葉を発する事をやめた。

人が人の生き方を変える事ができるだろうか?
“できる”と答えられる人を、私は傲慢だと思う。

万が一それが可能だったとしても、それを成しえるには莫大なエネルギーを要する。
どんなに上手くいかなくても、どんなに苦しくて辛くても、相手が変わるまで、何度も何度も諦めず働きかける。
それでも変わる保証はない。
大きなエネルギーを注いでも変わらないという事は、その人にとって絶対に変わりたくないという事なのだ。

もしかしたら、なんとしても変えたいという、その姿に相手が心を動かされて、自身の生き方を変える事があるかもしれない。
やめないかぎり、諦めないかぎり、可能性は0ではないというだけだ。
そんな、雲をつかむような取り組みを、一上司、一社員ができるだろうか?
そんな事ができるのは、相手の幸せを願ってやまない、無償の愛を持った人だけではなかろうか。

そんな事を思いながら、会社に対して、上司に対して、新人に対して、愛情が無くなっていってる自分の心に気づく。
あるべき姿と本当の自分のギャップを自覚することで、さらに心が蝕まれていく事になる。

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