次の日からのあの人の態度は少し変わった。
理解しようと努力してくれているのは伝わってきた。
娘が実家に行けるように、新幹線の切符も準備してくれた。
娘は、新しい地でやり直そうと意気揚々としている。
でも、あの人と娘は最後の最後まで目を合わせることも無かった。
駅に着き、娘を抱きしめ私は泣いた。
娘は「じゃあね」と明るくいい、背中を向け駅に向かった。
その背中は、とても寂しく 前から見なくても泣いているのがわかった。
娘の為にも、ううん、子供達の為にも早く治さなければ・・
体に合う薬がなかなか見つからず、思うように動けない自分の心と体との
闘いだった。睡眠薬を飲むと、朝起きれない。起きても頭の中は砂だらけで
ざざーっという音が鳴り響き、めまいがする。
ふらつきながら家事をする。次男は小学校5年生になり、次女は高校1年生
長男は、大学3年生になっていた。
次男は不登校になった友達の家に学校の帰り毎日寄って、遊んで帰ってくる。
その友達は唯一 次男に心を許し、次男が来るのを楽しみにしてくれていた。
次女は、ずっと運動部だったのに高校では演劇部に入った。
「違う自分と向き合いたい」それは、次女のSOSでもあった。
長男は、成績優秀、将来の夢は国連で働くこと・・だったが
大学に進学し、糸が切れたように自由になり
単位が足りず進級さえ危ぶまれたが、何とか3年生になっていた。
それぞれの個性。それぞれの生き方。
私は、あの人に勧められ スポーツ用品店に行きランニングシューズを買った
気持ちはついて行っていなかったが、歩くことで日を浴び、気分転換にもなると思っていた。 最初のころは、一緒に競技場が備わった近くの公園まで行ってくれた。あの人は走る。私はゆっくりと景色を見ながら歩く。
子供達が小さい頃、よくお散歩に来た公園。懐かしかった。
辛いことやしんどい事があると、子供達と歌いながら散歩した公園
小さい花を見つけ、ドングリを拾い、おにぎりを食べた公園。
ここでリセットして、長男の嫁として現実に戻る生活。
歩きながら様々な思いが込み上げてきた。
いつしか・・私は公園にも行けなくなった。
家に居て、家事をするだけの私に あの人は電気代が勿体ないから
電気はつけるなと指示した。クーラーも禁止。冬はヒーターも禁止。
そんな時、病院の帰り道 駅から少し離れたところに小さなパン屋を見つけた
外からガラス越しにパン作りをしている男性が見える。
粉まみれになりながら、それでも愛情豊かにパンを作る姿。
私は吸い込まれるようにパン屋に入った。
小さいながらもオシャレなパン屋さん。赤ちゃんを背負った若い奥さんがレジをしていた。微笑ましかった。お勧めのパンを聞いた。
可愛い奥さんは、こう言った。「主人の作るパンは、どれもお勧めです。
強いて言うなら・・素材を生かした全粒粉のパンとアップルパイです。
でも、人気があるのは大納言が入った甘めのパンです。」
笑顔でそういう彼女は初々しかった。私はあの人からもらった病院代の残り全てのお金でパンを買った。
カウンセリングの後はとてもしんどくて、帰ってから少し休むのが日課になっていたが、その日はパンが食べたくて熱い紅茶をいれた。
食べ物を口にするのは久しぶりだ。。
一口食べて、涙があふれた。「美味しい・・・」幸せを感じる・・・
その日から、私はパンと体に優しいお菓子作りにハマっていった。
続きはまた明日・・