「海の見える部屋」

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小説
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真夜中、薄暗い部屋の中で携帯が着信の明かりで光っている。
私が眠りについて1時間ほど経ったころだ。
枕元にある私の携帯は、ほとんどバイブにしてあるのに、それぐらいで目が覚めるほど眠りが浅い。

独り暮らしを始めてから約半年が過ぎた。
3年間結婚生活を経験したが、私と夫の間には違う季節の中にいるかのような風がいつも吹いていた。

住所は変わっても携帯というものがあれば、私が離婚して引越したことなどわざわざ知らせなくても事が済む。
どこにいようが関係ない。良いのか悪いのか便利な世の中になったものだ。
だから友達も時間に関係なく電話してくるから夜中の携帯にも特別驚かなくなってしまった自分がいる。

昔なら夜中にベルが鳴ると、
「今ごろ何…?」って胸騒ぎがするほど一種予測も出来ない不安を感じていたのだけれど。

「これから、行ってもいい?」 耳に馴染んでいた声は年に何回か聞く友達のヒロである。
忘れた頃思い出したようにかけてくる。

「この前、話したのいつだっけ?」
「確か、めずらしく私が風邪をひいたときだったわ」
「もう直った?」
「あたりまえじゃない。あれからもう3ヶ月よ」
「そんなになるのかぁ。ひさしぶりだね。元気?」
「今、こっちは雨降ってるよ。あの時と同じだね」

もちろんこれから家に来る事など出来ないほど遠い所に住んでいるヒロは、
そんな風に冗談めいた言葉で話し掛けてくる。
そんな時に限って、何か胸の中に悩みを抱えている時だ。

私に答えを求めてはいない。でも、話を聞いて欲しい、ただそれだけで安心なのだ。
冗談だか、本気なんだかわからない言葉で夜明けまでのカウントダウンを気にしながら真夜中、言葉を交わす。

ヒロは私がバツイチになったことをまだ知らないでいる。

-2 -

4つ下のヒロとは、まだ親のすねかじりで、
毎日を好きな風に自由奔放に楽しんだ頃、最も親しい男友達として過ごしてきた。
もう知り合って10年以上にもなる長い付き合い。

途中ブランクがあるけれども、私たちは友達から始まり、そして恋人だった時期を通り過ぎた。
それは季節が繰り返すように、二人の間にも季節の風が時にはつよく、時にはやさしく吹いていた。
ただ、別れの時は大木をなぎ倒すほどの強い風と雨が一瞬に襲ってきた感じがした。

ヒロと別れたのはもう昔の話。今では思い出話を平気でし、時々今夜みたいに電話で話す。
そんな不思議な存在。

確かに「別れ」は、ひとつの「終わり」であって、「最後」ではないはずだ。
よほど、お互い憎みあって別れない限り、アドレス帳のその人の名を2本線で消すことはない。

その時点で背中を向けても、また、縁があればどこかで向かい合うことだってあるのだ。
いや、向かい合うのではなくて、今度はどこか遠くの同じ方向を見つめていけると信じている。

思い出は、お互い胸の奥に生きている。
その思い出が、別れとゆう冬の下で息をひそめ春が来て、友達とゆう芽をだした。

いまでも覚えている言葉は
「君はすこし気が強いから、ケンカのとき逃げ道だけ、つくってあげなよ」といってくれたヒロの言葉だった。
私は、あれからその言葉を思い出す場面に何度遭遇しただろうか。

ヒロからの電話を切って時計をみると、午前3時だった。
朝までにはまだ眠れると思い、寝ようとしたがなかなか寝付けなかった。
私は、しばらく昔の事を思い出していた。目を閉じながら・・・。

あの海の見える部屋に住んでた頃の事をおぼろげに。
それは、ヒロとふたりで海の見える部屋で暮らしていた頃の事だった。

-3 -

トーストと、コーヒーの香りで目が覚めた。
寝ぼけまなこで時計をみると、朝の8時過ぎだった。

頭の中でぼんやりと、昨夜のことが思い出された。
「あぁ、昨夜から独り暮らしじゃないんだ」

朝7時にセットされているステレオの音で、いつもなら目が覚めるのに今朝は全く気づかないで寝ていたらしい。
ヒロが止めたのか?なんて考えていると

「おはよ。クロスロードが目覚めの曲?朝食にしようか」
「えっ…う、…うん。」
私はパジャマの上にカーディガンを羽織り、ヒロの前にすわった。
なぜか変な気分がした。まるで新婚気分。

ヒロは卒業まであと1年。
そろそろ就職活動の時期になっているのに、まだきめてないらしい。

私はデザイン学校卒業後、レイアウトの仕事をしている。
初めての一人暮らしの部屋選びには夢があったので苦労した。

知り会いの不動産屋で紹介してもらい、いろいろ探して
家賃が安いのにリビングも広くて、
なにより遠くには、海が見えるので、このマンションに住む事を決めたのだった。

ヒロの大学はこのマンションからすぐ近くで、時々学校帰りに私の部屋によく遊びに来ていた。
時々…そう、それまではヒロが泊まっても1泊だけのルール。
2泊もすればずるずると続くようでいやだった。
お互い守りたいものがあったから。

そのルールも、昨日で終止符を打ったってわけ。
守りたいものが無くなったわけではないけど、
ずっと一緒にいたいって二人が自然に思えてきたからだ。

でも、本当は…二人の不安をかき消すように…の方が強いかもしれない。

-4 -

今から1週間前の出来事だった。
「お見合いさせられそうなの」
コーヒーを入れながら私はそうつぶやいた。

「そうなんだ。おもしろそうだね。いつ?」
半分茶化すように聞こえた。

「まだわかんない。親は本気みたいよ。私もそろそろ年だしね」
「そう、で、君はどう思ってるの?正直にいっていいよ」
と、ヒロはすこし真剣になっている。

「私?そうねぇ、お見合いなんてって思ってたけど、それもいいかなって…」
「あせってるの?」
「かもね。」
それきり、ヒロはなにも言わないまま海を見ていた。

聞きたかった、ヒロの言葉を。
「僕じゃだめか?まっていてほしい」って…

あれから、1週間後二人は見えない不安を忘れるように一緒に生活をはじめた。
はじめて将来を意識して二人の求めている未来ってゆうものが
同じであることを確かめたかったから。

「法的な手続きをして紙切れ一枚でお互いを束縛し合うだけの関係にはなんの意味もないさ。
好きだから一緒にいる。ただそれだけでいい…」
そんな言葉をヒロの口から聞いたのは、はじめてだった。
うれしかった。

好きだから一緒にいる。わたしもずっとそう思っていた。
出会ってから、今までずっとヒロの事を見ていた。
これからもヒロの変わり行く時をそばで見ていたい。 好きだから一緒にいる。

すきだから…ソバニイタイ
すきだから… タイセツ
すきだから… ユルセル

そんな気持ちの中、半年が過ぎようとしていた頃だった。
北風が冷たく吹き始めた頃、一枚のハガキが届いた。
高校を卒業後、家の仕事を継いだヒロの友人からの便りだった。

「結婚しました、だって。あいつ結婚したのかぁ。おれは、まだ将来も決まってないのに」

ヒロの中で将来の目標が定まらないことへのあせりがあったんだろうか。
コーヒーをいつまでもスプーンでかき混ぜていたり、
見たくもないTVをつけたり消したり、
用もないのに部屋の中を歩きまわったり。
イライラしているヒロを何度か見ていた。

そんなある日、なにが原因だったのか覚えてないけど、大喧嘩をした。
いつもならどちらかが「ごめん」ってあやまるのに、気づいたらおたがい、
逃げ道をふさぐように傷つけあっていた。不安をぶつけあうように。

お互いよく似た性格だから、相手がなにを感じているか、
次になにを言うのかが手にとるようにわかる分、余計、興奮してケンカしてしまったのだ。

次の日 ヒロは、朝早く雨の中を出て行った。何も言わずに出て行った。ケンカしたままで。
もう、終わりだろうか?

-5 -

密かに、わかっていた。
ヒロのゴールはもっともっと先にあるってこと。
あやふやなままで答えを出したくないヒロ。

確証などいらないといいつつも、どこかで欲しがっていた私。
二人で時が来るのをまっていればよかったのかもしれないけど、ヒロのゴールは私には遠すぎた。

ヒロがこの部屋の窓から眺めていた海はどんな海だったのだろう。
私がいつも見ていた海とは違うかもしれない。

わかっていたつもりでも、本当には一部分しかわかりあえていなかったんだろうと思った。

来年の春には、このマンションと海の間にビルが建つとゆう話を聞いた。
ビルが建つとゆうことは、同時にこの部屋から海が見えなくなってしまうとゆうこと。
いままで見ていた景色が変わってしまうのだ。

私は、景色が変わるまでに部屋を出て行った。
いつまでも、この景色のまま思い出を残しておきたかったから。

まどろんでいるうちに、ポストに新聞が入る音がした。
もう朝なんだ。
あれから、ヒロと私は別々の時を過ごしていたけれど、
昨夜みたいに電話で話をすると何も変わらない二人だと思った。

いつかもう一度彼の入れてくれたコーヒーで目を覚ましたい。
今度はクロスロードを二人で聞きながら・・・



最後まで読んで下さり、ありがとうございます
20年程前に書いた私の小説です
この他にも、当時はいろいろ書いていましたが
PCも変わり、メモも無くなり(;'∀')
これから、また気が向いたら書いていきます
最後まで読んで下さり、感謝しています!
ありがとうございます(*'▽')


感想などありましたら、ぜひ(*'▽')
最後まで読んで下さり
ありがとうございました(*^_^*)
ななみ♡




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