アイデアを思いつくと、アイデアを考えるの違い

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ビジネス・マーケティング
まだまとまってないので軽めで。

思うと考えるは違う

ある本を読んでいて出てきたのですが、これかなり大事だなと。混同している人は多分、うまく考えられないし、思えないのだと「思いました」。なので、そこを「考えて」みたいと思います。

思うは、感覚や感情に近いですかね。美味しかったとか、寒いとかはそう思ったくらいですよね。半袖の人をみて、冬なのに寒いと「思った」は言えるけど、寒いと「考えた」ってちょっとおかしいですよね。考えたというところを通すには、ここで何か考えを示す必要があると。それは論理とか、データとか、自分の意見とかかもしれない。

例えば、確かに冬場で寒いが、室内は熱く30度近く暖房をかけている。だから半袖で過ごしている。そのまま出てきたのだろうと「考えられる」は、まあ考えたのかなと。思うだとちょっと不自然かなと。

思うだと、論理や道筋がそこまでないかなと。少なくとも弱い。

思う:感情を出す、反射的に感じる、対象に対して感じたことを示す
考える:自分の意見を示す、道筋や論理などで相手に伝える

もっといえば、思うは点的といってもいい。半袖の人Aさんがいて「寒そうだな」と思う。Bさんがまた半袖で別の人でも「また寒そうだな」と思う。思うだけで、AとBさんの傾向をまとめるとか、そういう話にならない。ならないというのは、観察者であるあなたが「そう感じない」ことってことですね。そこで「ん?ここは半袖の人が多いのはなんで?もしかして半袖流行ってる?寒くないの?」っていう問いが出た瞬間に「思う→考える」になるって感じです。

思う:点的
考える:線的、面的

なので、考える方が色々と把握して、論理が強い感じです。

アイデア発想法=アイデア思考法=アイデアを思いついて考えること

ではアイデアの発想法とは何かですが、思考法とほぼ同義です。故に、思考=思う、考えるなので両義というか、両方いると。

今のところこの説明で定義してみますが、
「アイデアを出すとは、アイデアを思いついて、それを考えて整理すること」ということかなと。

つまり、思うが駄目とかでなく、思う必要がある。僕が言っている違和感発想法は実は違和感は思うに近いと。そのまま思わないと何も出来ない。身体性、感覚、直感に近い。なぜそれを違和感なのかは原理的に説明できないからです(ですが説明してくれというわけですから、無理に説明でもいいんですね。正解はないから。あと、その説明が伝わるとかもどうでもいい。なぜなら自分の話なので。)

そして、分析して合理的にして、考える。なぜ?と考えるわけです。なぜ?と思うことはできないので。そして、考えたいテーマで組み合わせると、まさに、思って→考えて→アイデアとなると。気持ち良いくらいハマった感じです(笑)

なので、アイデアを出す時に、合理的にやるのはやり方や手順くらいでいいんですね。というかそこは大事です。そこで、全て完全ロジックでは出来ないというのは何度も身体的にも言えるし、実践的にも説明できないなと。思うような、揺れがあり、それは余地や余白、脳科学的にはシナプス信号がアナログでズレが生じる(デジタルではない)ということとも言えそうです。

最初の思いつきは「思う」ことです。それをあとはヒントになぜと考えれば良い。それに耐えられない思いつきはエラーとなり採用しないでいいわけですね。

説明としてては以上です。

アイデアを思いつけないならどうすればいいか?

思いつくとは、多分誰でも出来ます。違和感発想で違和感が出ないという声もあったのですが、これは難しく考えて良いことをいわないととか、何かあったのかなと。ここもヒアリングすれば解像度は高まるので今後やっていきますが、仮説として。

例えば、朝起きてまるで「ホテル」にいるみたいだと思ったとしましょう。別に自分の家なのに。それは掃除をしてきれいになっていたり、別のキレイな部屋に寝たり、もてなしをうけて知らぬ間に寝ていたとか。そういうことがあって「ホテル感」=非日常感があるとすると、そう感じたとしておきましょう。この時「朝起きたらホテルみたいだった」と多分書く事はできると思うんですね。文才とか比喩とかではなくて、文学でもない。これは単なる感情の吐露であり発露といっていい。

恥ずかしさみたいなものもあるのかなと。間違えたら嫌だとか。まあ間違いとかないので、出せばいいんですよね。そのあたりは心理的安全が担保できなかったのであってまあしょうがないかなと。万人向けは無理だなとそこは思っているのでそういうこともある。

ですが、思えないことはないはずで。思っているが言語とかそれを思いを伝えることができないことはあると。言語化の問題です。コミュニケーションとして、言語を期待しているのでそこはありそうです。課題ですが、大きな課題かはまだ分からないです。言語化出来ないからインプット出来てないネタもだしましたが、そういうのに近いですね。
なので、言葉が出てこないわーという人はなんでみいので、写真でもイラストでもいいので書く。ただそれってイメージがあるはずなのでそこを骨子をメモるイメージです。風景全体なんて描いてたら日が暮れるので。これはメモといっている言葉メモも一緒です。僕は別に全てのひらめきの全てをメモしているのでなく、骨子のみです。それを抑えておけばあとで思い出せるものをメモしています。それは記憶のコツといってもいいし、アウトプットのコツといってもいい(メモ自体はインプットに近いですが、切り替わるイメージが想像できているかはかなり大事です。伝わるか怪しいところですが)。

つまり、言葉はなくても多くの人は何か思っているんですね。あとは思ったらそれをそのまま出せるか、メモするか、「こういうのです」といって何か事例とか、示す。となると、インプットがないなら狭い世界にいるのと、あと思うだけでになるので考えるにならないんですね。先の半袖AさんとBさんを見て、それぞれ「寒いな」としか思わない。それでは駄目で、そこを基点にして、なぜかと考えていくと。掘り下げる方向でもいいし、自分は逆になんでしっかり着込んでいるかと比較してもいい。色々なやり方があるわけです。

というわけで、また考えていきますが、この思うと考えるの違いが分かる人は多分アイデア出しも考えて出せるかなと。思う人は、思いつきかそこから考えるにいけないので「アイデアが出せない」という感じかもしれないですね。



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