連続小説『DNA51影たちの黒十字』23

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連続小説『DNA51影たちの黒十字』23


連続小説『DNA51影たちの黒十字』第23回

Rosalind Franklin Photo51
Rosalind Franklin Photo#51

 24  セキュリティ・クリアランス

 バークベック・カレッジに移籍しウィルス
研究を始めたロザリンドはTMV(タバコモザ
イクウィルス)の結晶化に取り組んだ。TMV
の結晶化に世界で初めて成功したのは米国の
科学者でカリフォルニア大学バークレイ校の
ウェンデル・スタンリーであった。1935年の
事である。この成功によりTMVの特異性など
が少しづつ明らかになり、研究方法にも進展
が見られていた。ウェンデルは1946年度の
ノーベル化学賞を受賞した科学者でもある。
 この分野の研究では、如何に結晶をうまく
作るかがカギとなる。結晶が上手く作れなけ
れば、その先の分析へとは進めないからだ。
もちろん分析が出来ないようであれば研究成
果も出てこない。よって、結晶の実物と回折
画像が最重要成果物品となる。ロザリンドが
得意とする十八番分野である。

 ロザリンドの研究分野とは異なる研究分野
ではあるものの、ロザリンドと同じく倫敦大
学で結晶に関する研究を行った日本人がいる。
その研究者は、六方晶窒化ホウ素と呼ばれる
物質の高圧高温下結晶の作成で名手と謳われ
る研究者であるが、なんと、その結晶を作り
上げられるのは世界中でその研究者唯一人で
あるという。
 現代に於いては、グラフェンと呼ばれる
炭素原子結合が一層のみから成り立っている、
言わば、2次元平面状態にある炭素原子物体
についての研究開発で、六方晶窒化ホウ素の
高圧高温下結晶体(“h-BN”と呼ばれているもの)
が欠かせない結晶物質となってきている。

 グラフェンは電子透過特性に極めて特殊
な振る舞い見せる物体で、その特性を見抜い
た研究者はアンドレ・ガイムという人物で、
その研究者アンドレ・ガイムは2010年には
ノーベル賞も受賞している研究者である。
 グラフェンは現在では量子コンピュータの
素材としての候補ともなっており、注目の素
材であるが、その注目素材グラフェンを研究
開発する為に六方晶窒化ホウ素の高圧高温下
結晶(h-BN)が欠かせないモノになっている理
由はグラフェンとh-BNを組み合わせて合体
させなければグラフェンの特性を最大限に引き
出せないからである。h-BN結晶が持つ超極微細
平面と不導体の性質が重要なのだ。その結晶体
h-BNを作成できるのは世界で唯一人で、その
人物が日本人研究者という訳である。
 その研究者がh-BN 六方晶窒化ホウ素結晶
の作成を止めると、世界中のグラフェン研究
も行き詰まって止まってしまうのだ。
 もし、グラフェンを素材に使う製品が生ま
れ出た時にはh-BNも影のように同時に使用
される筈なのでh-BNの生成技法が如何に重
要であるかが窺える。h-BNの生成技法を秘
儀とすれば、新グラフェン素子の核心部分は
h-BN生成技法に握られているといってよい。
 グラフェン素材に工夫を施した物をh-BN
の超極微細平面と組み合わせると超伝導の
特性が現れるのでグラフェンは将来有望な
研究分野といえる。

 さて、お話は元筋の1950年代の物語に戻る
としよう。ロザリンドが新規に取り込むTMV
の研究に於いてもまた、結晶体作成の成功こそ
が研究進展の鍵を握っているのであった。

 キングス・カレッジの研究室では回折画像
にまつわる分析データ等で情報漏洩した疑い
が生まれていたため、ロザリンドは心機一転
を図るバークベックに於いては情報漏洩防止
に細心の注意を払っていこうと心に決めてい
た。
 UCL系である倫敦大学は開かれた大学で、
学業優秀者であれば宗教思想や身分階級など
は問われずに誰にでも入学するチャンスが与
えられている。このことは、たとえ共産主義
的な政治思想を持っていたとしても、学業さ
え優秀であれば入学できてしまうという事で
あり、極端な場合として、スパイであっても
ひっそり身元を偽り入学できてしまう可能性
があるという事でもある。ジョン・バナール
教授も共産主義者ではないかと噂されていた。
 時代は米国中心の自由民主主義陣営とソ連
中心の共産主義陣営が鋭く対立する国際情勢
の真っ只中にあった。ロザリンドがNature誌
に論文発表した1953年4月の前月3月にソ連
ではスターリンが急死し、フルシチョフが後
継として台頭すると、米英の自由主義陣営と
相対する体制が新局面へと突入していた。
 UCL系である倫敦大学は開かれた大学とい
うことで共産スパイが潜り込む恰好の標的と
もなっていた。セキュリティ・クリアランス
の面が甘くなりがちな傾向が内在していると
スパイも活動し易くなるからである。

 結晶体作成の名手と評価の高いロザリンド
はバークベック・カレッジに於いては上級研
究者として抜擢され、その地位は研究室に出
入りする学生や研究者たちのリーダー格とい
ったところだ。情報漏洩に注意を払うように
なっていたロザリンドは研究者や学生たちを
観察する中で、ウラジミール・ルイセンコと
いう学生が研究室に出入りしていることに気
が付いた。
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