朗読動画:切なく悲しい小説:となりで

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◉となりで
作 者:北条むつき
語り手:悠奈ゆかり

 かな子は小さくうなずき微笑ましく、夫である修太郎が坐るソファー横に近づいた。
 修太郎はここ最近、二十時過ぎに自宅に戻ると、このソファーに坐り、缶ビールにえだ豆など、つまみを買って来ては、テレビや、スマートフォンのオンデマンド映像を観て、そのままソファーで眠りにつくことが多くなった。

 かな子は、それがあまり気に食わない。だが、かな子はその件には触れず、じっと修太郎の横で同じように画面を観て笑ったり怒ったりしていた。

 平日は毎晩のように、こうして修太郎の横に坐り、一緒にテレビを観る。

 修太郎はテレビを観ながら、ビールを手酌も無しに缶のままグイグイと喉を鳴らし胃袋に入れる。その後はゲップをして、またテレビに釘付けになる。こう毎度同じような光景がここ一ヶ月も続いている。かな子は修太郎の態度にどうこう言えなかった。

 ただ横に坐り、静かに一緒に見るテレビが、かな子にとってどれだけ幸せな時間か身に染みていた。ゆったりした時間がその場に流れている。

 修太郎と結婚をしてからも一緒にいる時間が少なかった。

 どちらかと言えば、かな子の方が仕事人間で毎晩遅くに帰宅し、食事の支度もすることもなかった。代わりに修太郎が夕食の用意をしてかな子を待つ。そういう家庭だった。だが今こうして一緒に過ごせる時間をなんともありがたいと思うかな子だったが、問題が一つあった。

「かな子」

 修太郎がかな子を呼ぶ。いや、これは修太郎の心の叫び。

「かな子」

 もう一度かな子を呼ぶ。かな子は小さくうなずくことしか出来ず、少しだけ近づき、寄りそうように修太郎の顔を見つめた。

 そんなかな子の姿など、見えるはずもなく、修太郎はテレビを観ながら、ここ最近ずっと涙していた。

「もう、会えないんだな。かな子」

 修太郎は一ヶ月前に自宅前で起きた、交通事故で亡くなったかな子を思い出しながら、ローボードに置かれている、かな子の写真を見ながら涙する。かな子はまた少し夫の修太郎に寄りそうが、修太郎はずっと涙が止まらなかった。

 ただテレビが流れるローボード横には、数年前に行った旅行写真が飾られていた。もちろんその中のかな子は、修太郎に向かって笑っていた。
『あなた。私は今も幸せです。そんなに泣かないでください』

 かな子の訴える声は、修太郎には届かなかった。

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