愛とは

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前回、「愛する」という言葉を使いました。
この「愛する」とは、実に抽象的で人によって理解の仕方も様々だと思います。
特に、「愛」の体験が少ない人は
「よく愛してなんて言われけど、どうしたらよいかわからない。ましてや自分を愛するなんてどうやってするの?それって自己中なだけじゃない?」
というようなセリフをよく聞きます。
本日は、「愛」ついて語ってみようと思います。
その前に、まずあるエピソードをお伝えします。
皆さんは、孔子という人物はご存じでしょうか。
古代中国の偉い先生で、人生の道を説かれた方ですね。儒教を世に広めた人です。
この方は「仁」を大切になさっています。
お弟子さんが、孔子さんに、「仁」とはなんでしょう?
と問いかけても教えてくれません。
定義していないのですね。
ただ、お弟子さんが、この行為は「仁」でしょうか。
と問うと、
それは仁であるとか、仁ではないな。など教えてくださるのだそうです。
そのような事実を集めていって、
お弟子さんたちは、「仁とはこのようなものではないか」と自分なりの答えを出していくのです。
愛も同じのように思います。
私が中高生の時に、「愛」とは何かと聞かれたら、
「好き」と同じような感覚で答えていたでしょう。
あの異性が好き。一緒にいたい。話したい。
など、いわゆる「好きな人」と同じ解釈ですね。
ですが、これって「私」の欲求ですよね。
まず、これが「愛」と「恋(好き)」の違いだと思います。
雑談ですが、サザンオールスターズの桑田さんの歌詞の中に、
「愛とは真心、恋は下心」とうたっておられます。
漢字とは面白いですね。
古代い先人たちは、そうやってヒントをくれます。
話を戻します。
では、「愛とは」どのようなものか。
これは人それぞれが答えを出すものだと思います。
何を「愛情」と感じるかは、その人その人で違いますね。
そして、その時々、その時代時代でも違うと思います。
自分なりに答えを出すことが大事です。
ここからは、私の私見が少し入りますが、
愛とは、「こころが温まるもの」、つまり、「こころが反応するもの」のような気がします。
愛とは、自分から発するものではなく、相手がどう受け取るか、相手次第のもののような気がします。
だから自分が愛している。というより、相手が愛を感じた。と思うことが本当の愛に近いような気がします。
どこから感じてよいかわからないというような方は、
頭を働かせすぎかもしれません。
「こころがあったかくなる」ことが愛のヒントだと思います。これは頭ではコントロールできないものです。
みなさんは、昔心が温かくなるおもいはしたことはありませんか?
実は知らずにあの人が私の為にしてくれてたんだと後で知った。
そんな時、愛を感じる人がいます。
現実的な行為ではなく、どう思ってしたのか。動機が大切ですよね。
自分を愛することが苦手だと思い方は、まず、他人との間でいろいろ試してみてください。人生を経験してみてください。
きっとそこから「愛」を感じることができる体験をすることができるでしょう。
「愛」を受け取ることも訓練が必要かもしれません。
そこに愛を見いだせるかどうか。
どこにフォーカスするかで随分変わってきます。
ネガティブな思いに巻き込まれている人は、意識もネガティブに引き寄せられがちです。
まずは、自分の感情に巻き込まれないことから始めてみてください。
きっと、素敵な「愛」に気づけることでしょう。
あなただけの「愛の視点」を是非身につけてあげてください。
きっと、人生が豊かになると思いますよ。
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