私たちは日々何かを欲して生きています。
住むところも食べるものも着るものもほとんどが満たされた状況にあるのに
何一つ渇きは癒されません。
あれが欲しいこれが欲しい、今日これを買ったら次はあれを買おう、結婚したい、マイホームが欲しい、車が欲しい、いいものが食べたい、もっともっとオシャレしたい、
何気なく私たちはその欲望を抱えて生きていますがそれは本当に自分の欲しいものでしょうか?
欲しいと思わされていませんか?
私たちは常にあらゆる誘惑をされながら生きています。
ドラマのような生活がしたいアニメのような素敵な人生を歩みたい。
CM のような車に乗りたい、雑誌のような服を着たい。
それらを満たすことを幸せと思っています。
しかしそれらは全て快楽です。
とにかく快楽を得ることを幸せだと勘違いしているのが現代人です。
「宗教が今言わなくてはならないのは、すべての快楽は幻であるという事実です。快楽の正体は単なる脳の情報処理の結果にすぎません。欲望や快楽に振り回され、結果として悩みや苦しみを感じてしまう現代人に必要なのは、この視点ではないでしょうか。」
—『お釈迦様の脳科学 釈迦の教えを先端脳科学者はどう解くか?』苫米地英人著書
苫米地博士はこのようにおっしゃっておられますが、全くその通りだと思います。
そして私たちは多忙すぎて、こうしたことを振り返る時間すらないのです。
家に帰って寝るまでの時間テレビを見たり動画を見たり、隙間なく時間は埋まっています。
そうではなく何もしない時間というものを設けてみて今日1日を振り返り、また自分の人生について考えてみたりと、自己と向き合うということをしてみてはいかがでしょうか。
そうすれば自分が本当に何が欲しいのか快楽ではない、魂からの欲求に気づくことになるでしょう