怖い話『青い蝶の標本』。

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小説
大学生二年の夏。
私は標本屋に行った。
そこで一匹の青い蝶の標本を買った。


大学の夏休みも中盤に差し掛かり、その日はアルバイトも無かったので、去年から借りた自宅の周辺の散策でもしようとネットの地図を見ながら自宅周辺を調べていた。
すると近場で奇妙な場所があった。

『標本店』。
これは一体、なんなのだろう?
興味が湧いたので地図を頼りに、その店へと向かった。
標本屋は私のアパートから二駅離れた場所にあるみたいだった。
二駅分、歩いた後、うだるような暑い中、自販機で飲み物を買いながら路地の坂道を登り続けた。蝉の鳴き声が多く聞こえる森の多い場所だった。
なにやら昭和の古びた外装のようなお店があった。
そこには『標本屋』と看板が書かれていた。色褪せた蝶の絵が店の壁には描かれていた。

私は店の中に入る。
綺麗な青い蝶の標本が店に入った、すぐの場所に飾られていた。
店内には様々な昆虫の標本が飾られている。
値段を見て、手頃なものがないか探す。
木箱込みで一万円を超えるものが多い。
クワガタなどがまとめられた標本は十万円を軽く超えていた。
何か安そうなものは無いかと探す。
「紙箱だったら、もう少し安くなるよ」
店主は還暦を過ぎた、おじいさんだった。おじいさんから声を掛けられる。

「あ。そうなんですね。蝶とか欲しいんですが」
「ああ。そうだ。廃棄用の箱があった。お嬢ちゃん、よければそちらの蝶が安いよ。特別な蝶だ」
私は蝶の標本がある場所を見ていった。

ひときわ目立つ蝶があった。
翅は青に少し虹色がかっている蝶だ。
珍しい色をしている。

「この蝶は?」
「実は、まだ発見されていない蝶だよ。特別に売っているんだ」
店主はうそぶくように言う。

値段を見ると、五千円と少し。
私はこの蝶に一目惚れして、この蝶を買う事にした。おじいさんは木箱の分をオマケしてくれた。
そして私はウキウキとした気分で、自宅のアパートへと戻る。
部屋の壁に標本を飾ってみた。
美しい蝶が映える。
その夜の事だった。
冷房を付けているのに寝苦しかった。

窓の外からは、ブゥー、ブゥーと、大量の羽ばたきの音が聞こえた。
私は羽音でろくに寝れなかった。
朝起きると、窓には変な鱗粉のようなものが付いていた。
私は窓を拭いて、アルバイトへと向かった。
バイトは午後には終わり、私は自宅へと向かう。
何やら小さな気配を沢山、感じた。
私は自宅に荷物を置くと、スーパーへと買い物に向かう。
何かの小さな気配のようなものは、まるで私にびっしりとまとわり付いているように感じた。
そしてその夜。
また寝苦しく、窓の外で何か小さな生き物が大量に飛んでいるような気配がした。

ブゥー、ブゥー、と大量の羽音が聞こえる。
私は起きて、窓を見てみる。
窓には大量の蝶が張り付いていた。
私は小さく悲鳴を上げていた。
蝶は翅こそ綺麗だが、こうしてみるとうごめく触覚や脚がとても不気味だった。大量に窓を貼っている。
私は咄嗟に殺虫剤を探して、窓に散布する。
蝶達はもがきながら、逃げまどっていた。
中には私に飛び掛かってくるものもいた。

私は悲鳴を上げながら殺虫剤のスプレーを噴射していた。
しばらくして、動く蝶達はいなくなり、残った死骸となった蝶や地面の上でもがき苦しんでいる蝶が窓の方で暴れ回っていた。改めて見ると、蝶も蛾も生物学的には同じもので綺麗なのは翅だけだというのが分かった。
私は気味が悪くなって、どうすればいいのか分からなかった。こんな時、どうすればいいのだろうか。お寺や神社にお祓いに行けばいいのか。けれども幽霊の類とは違う。

おそらく原因はあの青い蝶の標本だろう。
きっと、これがあの大量の蝶達を呼んでいる。
これを捨てればいいのか?
だが、もし捨てて、蝶に恨まれるとか無いのか?

……分からない。
私は迷った末、標本を買った『標本屋』に向かう事にした。何か私の身に起こる異変が何なのか、あの店主が知っているかもしれないと思ったからだ。
私は飾ってあった青い蝶の標本をトートバッグの中に入れる。
暑い中、坂道を登って私はあの標本屋に辿り着く。
すると、本日は休業していた。
……気味が悪くて、一刻も早く事態を何とかしたいのに残念だ。
明日はバイトだ。バイトを休んでまた来てみようか。

今日の夜も、何か異変が起きるのだろうか。
そう考えていると、標本屋の店の隣に階段を見つけた。私は階段を登っていく。理由が分からない。何者かに呼ばれているような気がした。
階段を登り終えると、森の小道があった。私は小道を進んでいく。
しばらく小道を進むと、古い屋敷のようなものが見つかった。
誰も住んでいない空き家だ。
玄関には鍵が掛かっていなかった。

私はまるで吸い込まれるように、廃墟となっている空き家の中へと入る。
何処かで大量の蝶がはばたく音が聞こえた。
何かマズイと思いながらも、私は取り憑かれたように屋敷の奥へと進んでいく。
空き家の階段を登り二階へと向かう。
ぎしぃ、ぎしぃ、と音がした。
廊下を歩き続ける。……長い、廊下がいつまでも終わらない。

ふと。途中に扉があった。
ブゥー、ブゥー、と羽音が扉の中から聞こえてきた。
私はその扉を開く。
中には昭和頃の朽ちたTVやタンスなどが置かれていた。
羽音は何処から聞こえてくるのだろうか。
襖があった。
襖の向こうから羽音が聞こえてくる。私は襖を開いた。

何かマネキンのようなものが転がっていた。
そのマネキンみたいなものに、何匹かの青い蝶が張り付いていた。
マネキンのようなものには、全身にハサミや鉛筆、ボールペンやドライバーなどが深く突き刺さっていた。

マネキンはよく見ると、かさかさに乾いた人間の死体だった。ミイラになっている。服をよく見ると、標本屋の店主と同じ服装をしていた。
ああ。蝶達が人間を標本にしているな、と思った。
私は恐怖でいっぱいだったが、何故か頭の中は理性が働いていた。
私はトートバッグの中から、あの青い蝶の標本を取り出す。
そして、ミイラの隣に標本を置いた。

上手く言えないが、仲間の下に返した方が良いような気がした。
蝶達は飛び回り、標本に集まっていた。
私は顔面蒼白になりながら、駆け足でこの空き家を出る事にした。

…………空き家、いや、違う。
此処は、おそらくは“蝶達の家”なのだろう。
果てしなく続いていたと思っていた廊下は、少し歩くとすぐに下へと降りる階段が見つかった。

私は階段から転げ落ちないように、慎重に降りる。
何かがこの家に集まっているのが分かった。
私は玄関を出る。
辺りは暗くなっていた。昼前にはこの家に入った筈なのに、スマホで時刻を見ると、何故かもう夕方を過ぎていた。辺りが闇に閉ざされていく。

大量の羽音がこの家へと集まっていた。
私は走って廃墟を離れた。

途中、何度か迷ったが、私は何とか自宅のアパートまで辿り着く事が出来た。
あれ以来、怪異は起こっていない。
標本屋の辺りには近付いていない。

五千円も払って、かなり怖い想いをしたな、と思った。


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