16歳、NYに渡る。【5】

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高校へ退学届を提出しに向かう道中、私は一年前、合否を確認するために高校を訪れた時の日のことを思い出していた。
口では、不合格でも心の準備ができている。別に構わない。と言っていたが内心は期待と恐怖でいっぱいだった。本来、心から望んでいた道だったのだから無理も無い。

当時は、父とではなく母と一緒だった。

母は校門をくぐると脇へ進んで立ち止まり、合格者が張り出されているボードへと向かう私を見守っていた。
正直、手応えも自信もあった。推薦入試は私が得意とする論文と面接だったし、何度思い返しても面談での自分も面接官の先生の反応も完璧だったのだから。けれど、その自信と比例するように抱く恐怖も大きかった。(すべて自分の思い込みだったら・・・驕れるものも久しからず・・・)

ついに自分の番号を見つけた時の安堵と喜びは言わずもがなである。

一年後・・・私は再び、恐怖と期待、そして決意を抱いて同じ道を黙々と進んでいた。頭の中では高校で過ごした一年間を一つ一つ思い返しては、心にしっかりと刻み込む作業を繰り返していた。
この一年は、幸運にも与えられた猶予、序章、前置きだったのだ。と自分に言い聞かせた。もしも、はじめから高校に行かない決断をしていたら・・・できなかったであろう経験や出会いに感謝した。

(本当にできるのか?自立なんて・・・)

と同時に、頭の片隅の奥深くから、当時、私をよく悩ませ苛んでいたひどく意地悪な囁き声が、微かだかしかし確かな存在感のあるその声が響き渡っていた。

(大好きな祖父母や母の期待を裏切るのか?いい子ちゃんのお前に本当にそんな仕打ちができるのか・・・?)

脳裏に祖父母の心底がっかりした、軽蔑にも近い表情が浮かぶ。
胸が苦しくなる。祖父母は我が家の経済状況を知らない。母は隠したがっているから言い訳をしたくても説明ができない。
それに、もしも、説明できたとしても、今自分が父と行動を共にしてることを思えば、決していい結果に転ぶことはないと分かっていた。

(なあ・・・お金の件は親の問題だ。子供のお前には関係ないんだ。そして当の親は是非とも卒業してくれと頼んでるんだから、退学する必要なんてないんじゃないか?母親だって本当にどうにもならなくなったら自分でどうにかするさ・・・)

果たして、15歳と10ヶ月とは、子供だろうか?大人だろうか?
私は逃げているんだろうか?戦っているんだろうか?
どちらにしても、何と?何のために?

(お前は今、父親を利用してるんだ。断れないと分かっていて。そしてそれは、母親や祖父母からしてみたら裏切り者を頼ってるってことになるんだ・・・分かってるのか?このままじゃ、全員を敵に回すぞ?取り返しがつかないことになっちまうぞ・・・)

正解なんて、分からなかった。
何も知らず、何も考えず、生きていられたらどんなに楽だろう。だけど、私にはそんな生き方はできなかった。現実がしっかりと見えているのに夢に生き続けることはできなかった。
たとえ、その結果、大好きな祖父母との関係に溝が生まれてしまうと分かってもいても。母がどんなに「なんとかなる」と言おうと母が苦労するのを分かっていて知らないふりを続けることはできない。
いつか、いつの日にか、私が下したこの決断の訳を祖父母が理解し許してくれる日が来ることを願うことしかできなかった。

退学するのはあまりにも簡単であっけなかった。
担任の先生に退学届を手渡し、クラスで軽く最後の挨拶をして・・・
(仲のいい友達には事情を前もって説明していた。)
それで終わり。任務完了。
私はロッカーに置いていた自分の荷物をまとめて、帰路についた。

その後起きた出来事はほぼ全て想定通りだった。
(願った想定外ほど滅多に起きてはくれないのはなぜなんだろうか・・・)
祖父母と母とは溝ができた。退学してきたことを伝えた時の祖父母の表情は今も忘れることができない。その時、感じた胸の痛みも。
2人が私に感じていた「誇り」が音を立てて崩れていくのをその目と耳で確かに見聞きしたように感じたことも。
なぜ、可愛い孫が、前途有望だった孫が人生を棒に振るような行動に出たのか、その時の祖父母には想像だにできなかっただろう。

まさに晴天の霹靂。

そして、すぐに私は自立のために働き出した。
父の知人の会社に雇いれてもらい、始発から終電まで週6日。
休みの日はほぼ眠って終わった。
母にそこまでする必要はないと言われ実家を出ることはなかったが、もう私が実家の経済的負担になることはなかった。

しかしその間も、周囲の大人たちはどうにか私を学校に戻そうと説得しようと試みるのをやめなかった。
ある時はぐずる赤子にするように、優しくなだめ諭され、ある時には情に訴えるように私に罪の意識をすり込まされ。

私は自分でも気づかないうちに、気づかないほど少しずつ擦り切れていった。

ーつづく。

“束縛があるからこそ、私は飛べるのだ
悲しみがあるからこそ、私は高く舞い上がれるのだ
逆境があるからこそ、私は走れるのだ
涙があるからこそ、私は前に進めるのだ”
ーMahatma Gandhi






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