「そうと気づく力」 ~ききょうの言に思う~

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今年の大河ドラマ(光る君へ)面白いですね。2年前放送された鎌倉殿の13人以来、はまって観ています。貴族社会(の上層・下層)と平民の暮らしやキャリアのコントラストがよく描かれていて、格差社会の到来と言われている現代にも思いをやる場面が少なくありません。

 さて、すでに紫式部(まひろ)と清少納言(ききょう)が交流する場面が何度か描かれていますが、前回、まひろの屋敷にききょうが訪れて言葉を交わす様子は実に圧巻でした。すべては書きませんが、私が特に感じ入ったのは、ききょうが和歌の会に集まった姫君たちについて「志を持たず、己を磨かず、退屈な暮らしもそうと気づく力もないような姫たち。・・・まひろ様だって、そうお思いでしょ。」と話したところです。まひろは「そこまでおっしゃらなくても・・・」とためらいつつも、「まあ、少しは。」と応じています。

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なかなか手厳しくも聞こえる、ききょうの言葉にはじわっと来るものがありました。「そうと気づく力」を自分は持っているかな、と思います。知らず知らずのうちにコンフォートゾーンから自分の身を押し出すこともなく、惰性で生きてしまっているようなことはないかな、と、気づく力を使おうとしているかな、と。

「志を持って、己を磨く」ということは、自ら選んだことであれば楽しくもあり、しかし時には痛みもともなうこともあるでしょう。なぜなら、志のために自己を今の状態から変えることは、過去の学習を捨てたり、新たな姿を模索しようとしてもがいたり、ちょっとしんどいこともやらなければならなくなるからです。自分で自分を追い込むことを覚悟するということも…。

Think yourself.自分を動かすことは自分でしかできないことです。何かの出来事との遭遇や、他者からのかかわりは、自分を動かすための有難いきっかけであったりします。でも、その有難いきっかけも「そうと気づく力」を持っていなければ活かせませんよね。「そうと気づく力」って、どうやったら持つことができるのでしょうか。


そもそも人は「慣性(イナーシャ)」に従う性質を持っています。今やっていることで(その人の主観的見方として)今をつつがなく過ごすことができていれば、「変わる必要はない」。その人にとって変わることは合理的でないのです。そして、今回は細かく取り上げませんが、その慣性を強化するいくつもの認知バイアスを人は発揮してしまいます。そのような人の性質をまず知ることが肝要ではないでしょうか。

 その上で、「今変わらないこと」で何かの機会を失っていることが考えられないか、または気づかないくらいのゆっくりしたスピードで将来的には良くない方向に進んでいる可能性も考えられないか、そのような批判的見方をしてみることは必要なことだと思います。

 自分の慣性に気づくには、「振り返り」の持つ力を使うことが有効です。あまりにも有名なコルブの経験学習サイクルを引き合いに出すと、その構造は「具体的な経験をする→内省的に振り返る→教訓を引き出す→教訓を新しい状況に適用する」といった営みをするものです。日々を振り返り、実りのある教訓を得ることが出来ているか、もしそれが無かったら、何かの機会を失ってはいまいか…、繰り返し振り返ることで「そうと気づく力」を養うことにつながるはずです。

 数十年も(経済的)成長が停滞していて、漠然とした不安や閉塞感を感じながらも日々を生きている私たちは、もしかしたら時代の慣性に取り込まれてしまっているかもしれません。もし、いつの間にかに「考えないようにする」ことが合理的になってしまっているとしたら、ききょうに叱られそうですね。自分の志はどこにあるのか…、「そうと気づく力」を今一度取り戻して、志を持ち己を磨くこと。ききょうの言葉を聞いて、私たちひとりひとりに必要なことだと思いました。みなさまはどのようにお感じになるでしょうか。 


今回は、そうと気づく力、についてお話しました。私は会社勤めとの複業でライフキャリアデザインカウンセラーとして個人や世帯の職業生活設計や資産設計のお手伝いを志しております。保持資格としては国家資格キャリアコンサルタントとAFP(日本FP協会会員)をコアスキルとして、これまでの会社生活や人生経験で学んできたことを活かして会社内や地域社会に向けた価値創造につなげてまいります。ご関心を持っていただいた方、ご相談事がある方は、どうぞお声がけください。

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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