孤独と性欲 ~英国紳士のアイロニー

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恋はいつでも刹那的である。


次また彼女に会える保証はない。だからこそ、今この瞬間を噛みしめるのだ。


若い時はそれこそ無限に時間があったし3日くらい寝なくても全然平気だった。空が白むまでクラブで踊り、大体いつも違う子と寝ていた。彼女がいても平気で他の子を抱いたし、沢山の嘘をついた。


通り過ぎた多くの出会いをひとつひとつ思い出すなんて不可能だ。それでも、その時、その瞬間は、ちゃんと彼女らと向き合っていた。乱暴に若さをぶつけ、無責任に重なり合い、互いに擦り減っていた。


いつも隣に女の子がいたはずなのに、いつも私は孤独だった。抱く事で満たされようとしていたし、実際、その瞬間だけは満ち足りた。心を埋める為に性欲の無駄遣いをしすぎたようだ。


40を過ぎたあたりから、なお一層若い女性にモテるようになった。まるで英国紳士のように性欲の気配が消え去ったからだろうか。皮肉としかいいようのない、本当に趣味の悪い冗談だ。


“ 歳をとったな ”


屈託のない美華の笑顔を眺めながら、そんな事を考えていた。


「生ビールとアイスビールお願いします」スタッフに告げる。


さっきの送迎の男の子の話をしながら、それが来るのを待った。


アイスビールは、ピルスナーではなくジョッキで差し出された。軽い違和感を同時に抱いた二人だがそれに言及することはない。むしろこれでいいと言わんばかりに目を合わせて納得の合図を交わす。


ジョッキを鳴らし恒例儀式だ。 

「こんばんわ!」
「あっ、こんばんわ」


「かんぱい」じゃないんだ、というような肩透かしを初っ端あびせ、主導権の所在を明確にしておく。


いつも美味しい安定の生ビールだが、今夜は特別うまく感じる。間違いない、目の前に死ぬほどタイプの女性がいるのだ。


大げさに喉を鳴らし「うんまっ」と明るく言い放つ。先ほどまでの抑制の空気感から一転、開放のフェーズに移った事を彼女に知らせるのだ。


和紙のような紙ぺらをふたりで覗く。


「サラダにするなら...?」
「イタリアン」


「刺身食べたいね」
「ごまサバ」


「カルパッチョも」
「鯛で」


早い。清々しいほどの母感だ。若い子特有のあのウェットなメス感は、どっかのコインロッカーにでも放り込んできたのだろう。


一皿目にイタリアンサラダが運ばれてきた。


「美味しそう!」 間髪入れず私が最初にコメントする。


女子擬態テクニック。あえて “ 薄切り ” にしたコメントでフランクさを出す。すでにここは女子会なのだ。


そろそろインスタとか言い出すんやろなと、内心おもしろがりながら


「ぐちゃぐちゃなるかもやけどサラダ取り分けよか?」と提案。


「待ってインスタ」
スマホを取り出す彼女。きたきた、ほくそ笑む私。


一発。サラダにスマホを向けたのはただの一発。


「めっちゃ雑やん。映えてないやろ」


「ちゃんと撮れましたよー!」
そう言いながら彼女はスマホをこちらに見せつけた。


「まじやんすっげ」「テクってるやん」

「でしょ笑」


彼女の顔がみるみる明るくなっていく。こんな顔もするんだ。って、会ったの3回目なんだよな。おかしな感覚だ。


少し気を許し過ぎてる自分にハッとし、奥歯で強く舌を噛む。彼女に対し価値を感じている事を悟られた瞬間このゲームは負ける。


この子といる時間を純粋に楽しみたいという、子供じみた衝動が腹の中から湧き上がりつつあった。自制するようにビールを手に取り一気に流し込む。


恋はいつでも刹那的である。アポ負けしたら次はないのだ。
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