あの頃(2015年①)いま(2018年)

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【6回シリーズの第3話です】
彩と別れてから30年が経っていた。
彩が家庭を持ったことは耳にしていたし、幸せなのだろうと思っていた。
彩の実家は小さな菓子店を営み老舗として地域の方に親しまれていたが、残念なことに閉店となっていた。彩は結婚してから店を手伝っていたように人づてに聞いていたが、店をたたんでから、どうしているのかは知らずにいた。
僕は馴染みのバーで酒を飲むことが多い生活を送っていた。カウンターに座り一人で飲むことが好きだった。マスターとの僅かな会話が心地よかった。
その日は、店に数人の後輩が入ってきた。その中には、あのとき僕が殴りつけてしまった彼もいた。彼らはバツが悪そうだったが僕に会釈をしてからボックス席に入り、少ししてから彼が僕のそばに来て話を始めた。お互い年をとり、元気に酒を飲めるだけでも幸せという点で共感した。僕は彼に隣の席に座るよう促した。彼は彩と同級生だったそうで、彩から僕とのことを聞いていたので、軽く冷やかすつもりでトマトをぶつけて脅かしただけで悪気はなかったと弁解した。ペンキだと思ったのはトマトだったことを初めて知った。先輩に対して冷やかすような態度をするべきではないだろう。話を聞いているうちに再びカチンときて、彼を外へ連れ出そうかとも思ったが、今回は年を経たお陰で自制することができた。そして、僕は彼に対し暴力を振るったことを詫びることにした。
彼は教師をしているらしい。最近の学校では先輩後輩の上下関係が薄れ、僕のような性格だと毎日怒りを覚えることばかりが起こり、学生生活を健全に過ごすことは大変な時代になっている教えてくれた。僕もそのとおりだと感じた。
そのとき店に一人の女性が入ってきた。それは紛れもなく「彩」だった。
彼は、あの事件以降、僕と彩が両親によって引き離されたことをずっと申し訳なく思っていたらしく、僕たちに頭を下げた。彼らは同窓会の帰りで、他のクラスメートと2次会へ行った彩を彼がこの店に呼んだのだろう。
彼は彩に席を譲り仲間と一緒に店を出ていった。粋な計らいをしたつもりなのだろうが、残された僕たちは何を話せば良いのかも分からない。再会するまでに相当の歳月が過ぎていた。
互いの近況や子どものことを話した。彩はご主人と東京で洋菓子屋を始めたという。長男は既に成人し自衛隊で勤めており、まだ学生の子どもが二人いるらしかった。
日付が変わる頃、店を出て彩をタクシーに乗せた。この先の人生の中で、再び会うことがあるのだろうか。これが最後になるのかもしれないな。そんなことを考えながら、連絡先を交換しないまま別れた。家路への夜道を歩きながら、僕は彩の幸せを心から祈っていた。

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