あの頃(2005年)いま(2018年)

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【6回シリーズの第2話です】
彩が結婚したことは噂で聞いていた。
僕も結婚し子どもを授かり何不自由なく暮らしている。彩の実家の前を車で通過するときには、もしかして彩が玄関口にいないかと確認してしまう自分がいた。何かを期待しているわけでもないが、元気な姿を見たいという気持ちが心の中に隠れていたように思う。
待ち合わせに使った街角のアーケードは取り壊されていた。一緒に聞いていた曲は懐メロのように扱われ名前も知らない男性ユニットがカバーしていた。時間が流れ、僕は年をとり、白髪を染めて派手なシャツを着る、そんな若作りに余念のない中年のオジサンになっていた。
中学生になった娘は、僕と一緒に過ごす時間が少なくなっていた。娘には、学生のうちにたくさんの友達と遊んで思い出を作って欲しい。小さなことでも構わないから目標に向けて取り組んで欲しい。勉強も大切だけど、何よりも納得いくまでエンジョイして欲しい。そんなことを熱く語る僕は、娘から軽くあしらわれていた。どちらが子どもか分からないというような関係だったのかもしれない。
娘が夕陽を見たいと言ってきたことがあった。土曜日に塾が終わるのを待って二人で海に向かった。娘はウォークマンを耳にしていたので車中では余り話せなかった。1時間程で海岸線に着き、どこに車を止めようか迷ったが、浜辺まで続くと思われる細い道を見つけ車を進めた。
誰も入って来ない浜辺を歩き、枯れ木や布などを集めて火をつけた。やがて日が暮れはじめ水平線に夕陽が沈みだした。娘は何も言わずに夕陽が水平線に落ちるまで海を見つめていた。
僕は後部座席に隠していた花火に火をつけた。娘は僕のほうを見て驚いた様子だった。頬には涙が流れていたのかもしれない。「私もやるぅ。」と走り寄ってきて花火を楽しみだした。最後に残った線香花火を娘と1本ずつ持って、どちらが長く火を残せるか競争した。
帰り道、娘が「お父さんありがとう。」とつぶやいた。僕は「また行こうね。」と言ってから何も言えなくなり、アクセルを少し緩めて心の汗を悟られないよう前方に集中するよう努めた。
僕は娘と一緒に過ごす時間を幸せだと感じていた。でも幸せな時間は線香花火と同じように長く続くものではない。
家に着くころになったころ、彩が言っていた「いつか一緒に海へ行って花火しようね。」というセリフを思い出した。
家に入っていく娘を見ながら、この子もいつの日か、一緒に海に行きたいと願った相手のことを思い出すこともあるのだろうなと感じた。成長する娘の後ろ姿に愛しい気持ちと心の汗が同時に込み上げてきた。

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