私が臨床心理士になる前の話①

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今回は、自己紹介もかねて私が臨床心理士になる前の話について書こうと思います。

当時の私は、20代。大学を卒業して、正社員として働いていました。
初めての土地で、初めての一人暮らし。

準備がバタバタでカーテンを買う余裕がなくて、初任給が出るまで、窓ガラスに段ボールを貼りつけて過ごしていました。

私は数字を扱うことが苦手です。でもその時の仕事の内容は、数字を扱う業務。
何度もミスをして、怒られていました。

「あぁこの仕事向いていないな…。辞めたい…。でも何をしたらいいのか分からない…」

休みの日も、仕事のミスのことが気になって気になって、全く心が休まっていませんでした。

このまま自分らしくない仕事をして、仕事も上達せずに怒られてばかりで、先の見えない日々を過ごすのか…と、ずっと焦りと不安がうずまいていました。

私は極度の気にしすぎて疲れる+自信が持ちづらい+察する+良い子ちゃん人間です。

会社の人間関係にも、最大限のエネルギーをついやして、なんとか社内に「自分がいて良い」居場所を作ろうと、必死でした。

苦手な上司から飲みに誘われても、120%誘いに応じ、上司のいきつけの立ち飲み居酒屋で、上司の自慢話をひたすら聞いていました。

「座りたい…。なんでいつも仕事終わりに『立ち』飲みなんだ…」
「帰りたい…。帰ってアメトーク見て、寝たい…」

それでも私は、最後の一人になるまで、飲みに付き合っていました。

今なら、絶対に断る案件ですが、当時の私は人に嫌われないように、好かれるために、それだけのために生きていたような人間でした。

嫌なことも常に笑顔で応じる。
頼まれたら断らずに引き受ける。
基本ずっと聞き役。
私が話すターンの時は、おもしろ話で笑わせないといけない。
天然キャラだと皆が喜ぶから、おとぼけエピソードを披露しないといけない。
悪口を言う先輩がいたら、全力で一緒に悪口を言う。
何事にも一生懸命でどんな仕事も全力を尽くす。(けどミスが多い…)
強めにいじられて、実は傷ついていても、笑顔でつっこむ。
上司は若い女性が下ネタを言うとめちゃくちゃ喜ぶから、下ネタも全然言う。

「誰かの役に立っているか」がすべてでした。
それは、私は誰かの役に立っていないと、生きる価値がない、ということでもありました。

母の役に立っていないと、母から愛されないという、承認の病であるアダルトチルドレン特有のものだと思います。

おかげで、部署内外問わず、声をかけられるようになり、愛されキャラを確立することに少なからず成功しました。

ただ、私は本来こんな人間ではありません。
「こんな風にしたら、みんなから好かれるだろう」ということを判断軸にしていたので、(もちろん無意識に)そんな悲しき愛されキャラが出来上がってしまったのです。

本当は、先輩から声をかけられると「ドキッ」として怖かったし、できれば優しい人数人に囲まれて、静かに生きていたかったのです。

でも、私は人間関係を「誰かの役に立つこと」でしか築けませんでした。
そんなことに気づくのも、後々に心理学を勉強したり、自分がカウンセリングを受けたり、アダルトチルドレンやHSPのこと、心理の仕事をとおして経験してきたこと、総動員して、はじめて少しずつ気づいていくのですが…。

当時の私は、無意識にこういう人間関係を築いては、疲弊して、ボロボロで、自分がボロボロなことにも気づいていませんでした。周りからは、「悩みがなさそうで、いつも明るくて、笑顔だね」と言われていました。

ただ、心の中は、いつもわけのわからない焦燥感、不安、緊張感でいっぱいでした。

→②に続きます。
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