ブランド論|値下げ競争と差別化の罠から脱却を図る

記事
ビジネス・マーケティング

サマリ

・日本企業は差別化の罠と価格競争に苦しんでいる
・競合との価格競争を避けるためには強いブランドを構築することがカギとなる
・強いブランドの3条件は「価値性」「独自性」そして「共感性」である
・強いブランドを構築することで、①競合より選ばれる確率が高くなる、②高い価格を設定できる、③買い手が定着(リピート)する、というメリットが得られる

1. 日本企業に必要なものはブランディングである

グローバル・プライシング・スタディによると8割以上の日本企業が価格競争に巻き込まれているという。価格競争は短期的には自社のシェアを拡大することにつながるが、中長期的には業界全体の利益率を低下させ、利益喪失につながるリスクがある。企業は価格競争を避けるにはどうすればいいのだろうか。その答えは強いブランドを築くことである。

1-1. 差別化の罠と価格競争に苦しむ日本企業

近年ではデジタル技術や製造技術の進化により、リリース当初は独自性を兼ね備えていた製品・サービスも競合の追随を受けすぐにコモディティ化してしまう。そこで、企業は競合との差別化を図るべく、性能の向上や機能の追加に取り組む。しかし、いつしか差別化が目的となり消費者にとって意味のない開発が行われてしまう。これを「差別化の罠」と呼び、多くの日本企業はこの差別化の罠にはまってしまっている。
また、各社製品の改善を進めた結果、カテゴリー内では性能や機能に多少の違いはあるもののどれも似たり寄ったりとなる。そこで、買い手にとっての判断基準は価格となり、各社値下げを行うことでシェアを確保しようと価格競争が激化していく。実際にグローバル・プライシング・スタディによると日本企業の8割は価格競争に巻き込まれているという。

グローバル・プライシング・スタディの中で、“現在価格戦争に巻き込まれていますか?”という質問を行った。日本企業は価格戦争が起こっていると答えた割合が世界で最も高く8割にも達するという驚きの結果であった。またさらに興味深かったのが、“誰がその価格戦争を仕掛けたと思いますか?”という問いに対して、価格戦争は他社が仕掛けたと認識している割合が実に9割を超えたことである。

1-2. デルvs.コンパックの価格戦争

一度価格競争が始めてしまうと中長期的には業界全体の収益性を引き下げるリスクがある。1990年代の後半、デルとコンパックはパソコン市場で激しく競合していた。この2社は市場シェアのトップ争いを行っていたが、ビジネスモデルの違いから、デルはコンパックよりも15%程度原価が低く、この有利なコスト構造を活用しコンパックに対して価格戦争を仕掛けた。デルのこの行動はどのような結果をもたらしたか。デルは4%市場シェアを伸ばしたが、自らが仕掛けた価格戦争の代償として約10億ドル(約1,350億円)の利益を犠牲にすることとなった。この価格戦争により、コンパックをPC市場から完全に撤退させることができたのであれば、中長期的な観点から意味があったかもしれないが、実際にはヒューレット・パッカードがコンパックを吸収合併することにより、コンパックのPCは別の会社の下で実質的に存在し続けることになった。現在も続くPC市場の低収益性を見ても分かる通り、価格戦争を仕掛けたことにより支払った代償と比べ、得たものは極めて小さいと言わざるを得ない。(出所:ビジネス+IT『「価格競争」で窮地に陥ったデルとマースク、挽回企業が行った4つの戦略』)

1-3. ブランドにより独自ポジションを築き価格競争を回避する

企業は提供価値に対して適切な価格を設定することで利益を得る。その利益を新たな顧客価値の創出に向けて投資し、買い手は新たな価値を享受していく。競合との価格競争を避け、適切な価格設定を行うためには何が必要なのか。その答えは「強いブランドの構築」である。

2. 強いブランドとはどういうものか

世の中には様々なブランドがあるが「買い手の購買意思決定を支配できるような強いブランド」とは一体どのようなものなのか。

2-1. ブランドとは価値を意味するものである

「スターバックス」と言えば「コーヒーがおいしい」や「おしゃれな自分になれる場所」「リラックスできるカフェ」とイメージするように、買い手にとってブランドとは製品・サービスから得られる価値を意味している。
そして、「コーヒーと言えばスターバックス」のように、買い手はあるキーワードから関連するブランドを連想する。これ想起を純粋想起と呼び、純粋想起に入る確率が高いと買い手から選ばれる確率が高くなる。つまり、「強いブランドこそ消費者の購買意思決定を支配している」(出所:株式会社 刀 森岡毅氏)

2-2. 強いブランドを構成する3つの条件

買い手に強いブランドと認識されるためには3つの条件がある。それは「価値性」「独自性」そして「共感性」である(出所:岩崎邦彦著『世界で勝つブランドを作る なぜアメーラトマトはスペインで最も高く売れるのか』)。
補足として、これら3つは買い手起点で創出するものであり、デザイン思考を活用することでより買い手志向のブランドを構築できる。

① 価値性
価値とは買い手が認識する便益である。そして価値には「機能的価値」「感情的価値」「社会的価値」の3つがある。
ブランド論|価値性.png

② 独自性
独自性と買い手にとって意味がある違いを指す。買い手にとって意味のない違いは企業の独りよがりである。差別化の罠に嵌ってしまわないよう買い手を常に意識する必要がある。

③ 共感性
ブランドはあくまで買い手が抱くイメージであることから、買い手に共感してもらう必要がある。そのためには、まず企業が買い手に共感し、買い手求めている価値を創出することが求められる。

2-3. 強いブランドは企業に大きなメリットをもたらす

強いブランドを構築することで、「買い手の自社ブランドに対する相対的な好感度であるプレファレンス(出所:株式会社 刀 森岡毅氏)が向上し、①競合より選ばれる確率が高くなる、②高い価格を設定できる、③買い手が定着(リピート)する、というメリットが得られる。

『まったく同じ味、同じ価格の2つのコーヒーがあるとします。1つには「スターバックス(STARBUCKS)」と書いてあり、もう1つには「スターコーヒー(STARCOFEE)」と書いてあります。あなたはどちらを選びますか。』という質問に対して、全国1,000人の消費者に聞いた結果、『回答者全体の92%が「スターバックス(STARBUCKS)」を選んだ。』また、『「このコーヒーをカフェで飲む場合、1杯いくらまで出せますか?」』という質問に対して、『「スターバックス(STARBUCKS)」は317円だが、「スターコーヒー(STARCOFEE)」は263円』というように価格にも差が現れる。(出所:岩崎邦彦著『世界で勝つブランドを作る なぜアメーラトマトはスペインで最も高く売れるのか』)。

しかし、このプレファレンスとはどのように計測するのだろうか。
ここで、株式会社 刀で紹介されている式が一つの参考となる。株式会社 刀では売上を下記①式で定義しており、①からプレファレンスが求められる(式②)。

式①:売上=市場×認知度×配荷×プレファレンス×客単価
式②:プレファレンス=売上÷(市場×認知度×配荷×客単価)

2-4. 強いブランドは4つの要素で構成される

強いブランドの規定要因として、「相対的な影響度が高い順に以下4つである。①コンセプトが明確・イメージが明快、②感性に訴求する、③独自性がある、④口コミ・パブリシティが発生しやすい。つまり、この4つの要因を向上させることによってブランド力が強くなるということ」である(出所:岩崎邦彦著『世界で勝つブランドを作る なぜアメーラトマトはスペインで最も高く売れるのか』)。

3. ブランド構築プロセス

強いブランドを構築するには一体どうすればいいのだろうか。答えは買い手へ共感し、買い手が必要としていることに便益を提供する、買い手に寄り添ったブランドを構築することである。
※詳細なプロセスは、第1回~3回の「デザイン思考を学ぶ」を参照

3-1. 顧客(Who)と便益(What)を定義する

強いブランドを構築するためには「価値性」「独自性」「共感性」の3つが必要であり、これらは買い手目線で構築していく必要がある。

① 対象市場を特定する
自社が対象とする市場を特定する。市場とはWho×Whatで定義される。そのため、最終的には後続③、④が決まった後に再定義されるものである。しかし、WhoとWhatは買い手が特定の状況で成し遂げたい進歩(ジョブ)によって定義され。そのジョブ探索に向けたインタビュー対象者を決めるために、ある程度の粒度で対象市場をとらえる必要がある。

② ジョブを探索・定義する
行動観察やインタビューを通じて、買い手を理解し、共感し、買い手が達成したいこと(ジョブ)、その過程で感じているネガティブな体験(ペイン)、ポジティブな体験(ゲイン)を明らかにする。

③ 買い手を定義する
ジョブを特定した後、自社がターゲットとする買い手のセグメントを定義する。このとき重要なことは、年齢や性別などのデモグラフィック軸ではなく、ジョブによるセグメンテーションを行うことである。このことについて、クレイトン・クリステンセンは『ジョブ理論』の中でミルクシェイクのエピソードを用いて指摘している。
調査チームは同時に興味深い発見をした。ミルクシェイクを買う人たちに、いわゆる人口統計学的な共通要素がなかったことだ。そして共通点はただ単に、午前中に解決したいジョブがあることのみだった

④ 自社が提供する価値を定義する
買い手のジョブとその過程で感じるペインを取り除いた体験、もしくはゲインをより向上させた体験を考える。この体験こそが独自性をもたらすため、自社ならではの強みを活かした体験を考えることが重要である。

3-2. ブランドビジョンを定義する

ブランドビジョンとは、そのブランドに「こうなってほしい」と願うイメージを明文化したものである。そこでまずはビジョン・エレメントと呼ばれる、ブランドビジョンを表すキーワードを6-12個抽出する。その後、ビジョン・エレメントのうち最も訴求力を持ち、競合と違いを際立たせる2-5個のコア・ビジョン・エレメントを抽出する。最後に、そのブランドを一言で表したブランド・エッセンスを定義する。(参考:デービッド・アーカー氏著『ブランド論』)
参考としてハーバードビジネススクールの例を紹介する。

■ブランドビジョン
①現状を疑う
我々は、大胆なアイデアを支持し、知的リスクを負い、理にかなった失敗を認めることで、常に先頭を行く。これは、たとえ因習に逆らうことになったとしても、同党と我々の意見を述べていくことだ。我々はイノベーションの世界的発信源として栄える

②内に秘めた自信
我々は証拠と分析に基づいて意思決定をしてきた。そのため、放漫にならずに自信をもって行動することができる。我々は信頼と協調を通して先頭を行く

③常に学生であれ
我々は好奇心および障害を通じた人的・知的成長追及のためのコミュニティである。学ぶことはすべて学んだと思う人の居場所はここにはない

④個人を超えて
我々は倫理と責任を重んじて先に進むことで、この世界の方向性に影響を与える。人々の壮大な取り組みの世話役として、我々は長期的観点に立って意思決定をし、行動する。すなわち、多くの場合、個人的利益より大きなものの利益を優先することになる

■ブランド・エッセンス
我々は、ビジネスのやり方を根本から見直すリーダーを育てる

3-3. ブランドの副次的要素を決める

ブランドのコアとなる要素が決まったら、そのブランドを表現する副次的要素である、ブランドネーム、ロゴ、パッケージ、キャラクター等を決める。これらはブランドビジョンのイメージに合わせて決めていく。

3-4. コミュニケーションを検討する

ブランド案を構築した後、如何にしてそれを買い手に伝えるか(How)を検討する。この時意識するべき観点は、①ブランドのコア・ビジョンが伝わるコンテンツか、②コンテンツに独自性があるか、③適切なチャネルであるか、の3つである。

①ブランドのコア・ビジョンが伝わるコンテンツか
たとえ印象的なコンテンツであったとしても、そもそもブランドのコア・ビジョンが伝わらなければ意味がない。よくあるケースは、コンテンツは印象的で記憶に残っているが、それがなんのブランドなのか(もしくは製品・サービスなのか)に紐づいていない、である。

②コンテンツに独自性があるか
現在数えきれないほどのコンテンツが世の中に溢れかえっている。その中で、自社ブランドを認識、理解してもらうためには、他とは異なり印象に残るコンテンツでなければならない。

③適切なチャネルであるか
ブランドのターゲットである層がどのようなチャネルを良く使うのかを把握し、適切なチャネルでコミュニケーションをとる必要がある。極端な例で言うと、ターゲットは10代のファッションに興味が強い層、であるにもかかわらず、コミュニケーションチャネルは10-15時台のTVCMとしていると、そもそもリーチできていないことになる。
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