服装は自己主張であり、ゆえに批判されることもある
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昨日の記事の続きです。
繰り返しになりますが、人には基本的に自分の好きな格好をする自由があります。
しかし、そこから生じる結果についてはまったく責任がないわけではありません。
DJ SODAさんが胸を触られたことを自業自得だとはいいませんが、そうした事態を引き起こした原因をつくったことは間違いありません。
被害者を一切責めるな、二次加害だとの声がありますが、被害者が可哀相だ、そっとしておけでは、今後類似の事件が発生することを防止できないでしょう。
そうしたことが起きないような人々の意識向上は勿論必要です。
加害者への厳罰もいいでしょう。
しかし、それだけではこうした性的暴力を完全に失くすことはできないのです。
更にいうと、彼女の服装は非常に煽情的だと思います。
煽情的とは、つまり劣情を煽るということです。
煽られる方が悪いというかも知れませんが、彼女もそのつもりであんな格好をしているはずです。
つまり劣情を煽られた人間(男性が多いと思います)が、場の雰囲気に流されて行き過ぎた行為に走った。
煽情的な格好をしてムラムラさせておいて、ムラムラするほうの勝手だというのは無責任ではないでしょうか。
再び繰り返しますが、私は性的暴力を正当化しているのではありません。
それが発生した状況や原因を考えているだけです。
それからフェミニストの皆さんは露出度の高い服装をした女性の写真やイラストを厳しく批判しますが、このDJ SODAの格好をどう思っているのでしょう。
彼女はOKというのは、ダブスタではありませんか。
それとも自由な女性を体現していると称賛するのかな。
また、人を外見で判断するなとの主張については、何度もいいますが、服装は自己主張の手段の一つです。
たとえば、ロックミュージシャンはそれとわかる格好をしていますね。
いわゆるアーティストと呼ばれる人たちはこの影響が強い。
上に書いたように、それが自己主張であるとするならば、場合によっては批判されるのは仕方がないでしょう。
いい大人なんですから「人には好きな格好をする権利がある」とか、「外見で判断するな」といった幼稚な理屈を並べるのはもう止めたほうがいいでしょう。
今後は、自らの選んだ服装や格好が人にどのような影響を与え、どのような結果に繋がる可能性があるかをよく考えたほうがいいと思います。
では