*この記事で使用しているすべての写真の無断転載、無断使用等を禁止しております。
これは世界で一番美しい場所、ローフォーテン諸島(ノルウェー北西部)を私がヒッチハイクで旅して回った時の記録。
第0話はこちら
(前回のあらすじ)
カモメに負けた。
あたたかい猫夫婦
カモメによる卑劣なうんち攻撃に敗北した私は、とぼとぼと道路脇を歩いていた。車の通りがぐっと減り、稀に来るのもトラックや荷物を乗せた業務用のバンなどで、私のサインを見ても全然止まらない。
車が通過するたび、仕事中ならしょうがないよな、と自分に言い聞かせた。
いっそ一旦諦めて、先ほど食べ損ねた昼食を取ることにする。
昼食といってもパンに北欧名物のたらこペーストを塗ったもの、そして出かける前にホームステイ先のお宅で汲んだナルヴィクの水道水だ。余談だが、ナルヴィクの水道水は世界一美味しい水道水にランキングされたこともあるらしく、水道水とは思えないほど口当たりもまろやかで美味しかった。
ご飯を食べながら、お金や力(ここでは移動手段としての車)って大事だなと思う。
お金があればバスがあまりない道でもレンタカーを借りたり、タクシーをチャーターできる。逆に、こうしてヒッチハイクで困っている人がいたら助けることもできるのだ。
と、そう思っているうちに私の前に車が止まった。
運転席と助手席には老夫婦、後部座席には2匹の猫。大きい方と小さい方、どちらもノルウェージャンフォレストキャット。かわいい。ネコ好きに悪い人はいない、というのがネコ好きな私の持論なので、この方たちは信用できると直感(あるいは盲信)した。
「乗ってくかい?」
という、こちらの事情も聞かずにかけてくれた温かい声に、私は元気をもらって「ありがとうございます。」と言う。本来なら、車に乗せてもらう私が何か対価を提供しないといけないのに、先にもらってしまうなんて、ヒッチハイカー失格だ。
道中の話題とか何かしらでちゃんとお返ししないとな、と心に誓いつつパンをしまってカギを開けてくれた後部座席に乗車する。助手席のお母さんが私がシートベルトを締めたことを確認すると、車は西のローフォーテンに向かって静かに発進した。
乗車してからの世間話で聞いたところによると、猫2匹連れた老夫婦はこれからキャンプに行くところらしい。猫とキャンプできるノルウェー、控えめに言って猫好きの天国みたいだと思った。
道中、好奇心が強い老夫婦は「日本では何をしていたんですか?」や「ノルウェーは寿司ブームで私たちも好きだけど、日本のスシとノルウェーのスシはどっちがおいいしいんですか?」など矢継ぎ早に私に質問を投げかけた。文化も価値観も異なる遠いところから来た私の回答はとても興味深いらしい。
お母さんは私が1人旅をしていてローフォーテンにヒッチハイクで行く途中だということを知ると、ぱあっと笑って「ローフォーテン!いいところですよ。きっと好きになると思う。ねえ、あなた?」とパートナーに呼びかけた。運転中のお父さんはうんと頷いて「ああ、とても美しいところだよ。」と答える。
私はそれを聞いて来るべきローフォーテンがますます楽しみになる反面、まだ今日の目的地へ半分も進めていないことに不安を覚えた。
後部座席で私の隣に座る猫たちは、人間たちの話は聞こえないと言ったようにすやすやと穏やかに眠っている。
どこかで聞いた話
話が盛り上がっているうちにあっという間に時間が過ぎた。
お二人は親切にも自分たちのキャンプ地から数分ローフォーテン寄りに進んだ Tjeldsund 大橋近くのダイナーまで送ってくださり、お別れの時間。
全力でありがとうを伝えて、去っていく車を見送った。ちゃんとお返し、できていたらいいのだけれど。
時刻は14時を回っていた。ダイナーでWi-Fiが繋がったので、水分補給をしつつナルヴィクでお世話になったホームステイ先に生存報告をする。
本日の目的地はローフォーテンのメインになる街、スボルベル。出発地のナルヴィクから271km(東京〜浜松くらいの距離)の場所にあるのだが、この時点で125kmなのでようやく半分が見えてきたくらいだった。
朝出たのが8:30なので、ここまでと同じペースで進むならあと6時間以上はかかってしまう。そうなるとスボルベルに到着するのは夜遅めの時間帯だな、と思った。
ダイナーで人を探したものの、残念ながら皆ローフォーテンからの帰りの人たちばかり。道行く車でせっかく止まってくれた方も「橋の向こうへは行かないなあ」と言われる。
今朝からここに来るまでの経験から「30分待っては移動」が一番効率よさそうだったので、30分以上粘って1台もローフォーテン行きの車を見つけられなかった私は徒歩で Tjeldsund 大橋を渡り切って橋の反対側で車を探すことにした。
時刻は15時を回り、曇り空からはまた冷たい雨がしとしとと降り始めていた。道路脇の気温計は5℃を示している。髪は濡れ、重みに耐えかねた水滴が前髪から落ちてくる。道は広いが、車はない。右手は森で左手は海。人の気配はない。時々思い出したように車が通るが、交通量が少ないので明らかに法定速度オーバーでかっ飛ばして行く。急ブレーキをかけても100m近くは止まれなさそうな速度なので、私を見てももちろん止まらない。
小一時間道路を彷徨ううちに、猫と老夫婦に温めていただいた心と身体はすっかり冷え切ってしまった。人間寒さが一番堪える。追い込まれてリタイアしたい気持ちがむくむくと湧き上がってきた。が、ここはタクシーもバスもないエリア。リタイアもできないので前に進むしかない。何よりそれがあのお二人への恩返しに思えた。
15:45を回った頃、そんな私の前に1台のバンが止まった。
「ヒッチハイカーかい?」
運転席から襟が汚れて色褪せたチェックの服を着た、恰幅のいいおじさんが私に声をかける。
私はこの巡り合わせに感謝しつつ、「はい!」と車に飛びついた。
何かの工事道具が後部に詰まった古いバンは助手席に私を乗せて走り出す。おじさんが助手席に放置されていたポテトチップスの袋を片付けて場所を作ってくれたのだ。
おじさんは港のメカニック。プライベートではカウチサーフィン(ホームステイのアプリ)でホストをやっているとのことで、私もカウチサーフィンをしていると知るととても喜んだ。
「こんな田舎暮らしだから、お客さんがくるのが楽しみなんだ」と嬉しそうに語る。今晩うちに泊まるか?とお誘いされたが、日程的に今日中にスボルベルまで行かないといけなかったのでお断りするしかなかったのは残念だった。
おじさんは話好きらしく、身の上話を語ってくれた。東南アジアのとある国に妊娠中の現地人彼女がいて、来月出産を控えていること。近々結婚しようと約束していること。ただ今はビザの問題があって別居しているので、同居できない代わりに自分の少ない貯金を切り崩して彼女の生活費を送金してあげていることなどを幸せそうに教えてくれた。
長く付き合ってるんですか?と聞くと、1年くらい前に東南アジアに旅行した時にできた彼女で、その時以来連絡は取っているものの直接は会っていないらしい。
えっと、それってどこかで聞いた話に似て…いや、気のせいだろうか…
私がよくあるうわさ話を話そうか迷っていると、おじさんは唐突に話題を変えた。
「ところで、君は運転する?俺はな、交通違反8点満点中、5点食らってて次に速度オーバーでリーチなんだよ。」
ノルウェーは8点が満点?なのかなと思いつつ私は法定速度の標識をチラ見する。
と言ってる間におじさんは20km以上速度オーバーしていた。
私は内心「反省ゼロやないですかー」と思いつつ、おじさんに見えない方の手でシートベルトをぎゅっと握りしめた。
次回。
ついにローフォーテンへ。
お楽しみに!
*更新は毎週日曜日です。