世界で一番美しい場所⓪

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これは世界で一番美しい場所、ローフォーテン諸島(ノルウェー)を私がヒッチハイクで旅して回った時の記録。

序章

雨が降る中、私は走っていた。
 この車を逃すと次はいつ車に出会えるか分からない。見渡すばかりの大自然に通る一本の道。これが人間の生命線だ。そしてそこをたまに通る車が私の生命線だった。

もう6月とはいえ、白夜が眩しいノルウェーの北の大地は寒い。晴れた日でも10度を下回るし、夜になれば0度近くになる。急遽買ったジャケットは思うように体を温めてくれず、雨は容赦無く体温を奪っていく。 

北欧でのヒッチハイクはこうして始まった。

4ヶ月前

雪に覆われて白一色になった道路。夜道を照らす街灯は、風が吹くたびにその姿を白い背景に消してしまう。背負った重たい荷物だけが確かな感触で、視覚も聴覚も不確か。私の人生で初めてのヒッチハイクは、吹雪の中だった。

良くも悪くも、この時のヒッチハイクがなければ自分にヒッチハイクができるだなんて思わなかったと思う。

その年の福井県は例年にない大雪で、乗る予定だった電車は止まり、タクシーは金沢に向かったきり事故による通行止めで帰ってこないので一台もなかった。

当時大学4年生だった私は、翌日から卒業旅行で海外に初めて一人で行く予定だった。金沢駅まで行けば、大雪でも動いている北陸新幹線で東京に向えるので間に合う。タイムリミットは16時間ほど。それまでに足止めされている福井のあわら温泉から金沢駅まで60kmを行く必要がある。

出費は痛いが、いっそ手元のチケットは諦めて買い直せばいいものを、変なところで頑固な私はどうしてもそれをしたくなかった。なんとかなる、という楽観的な気持ちもあった。
 思えば私は幼い頃から、慎重さと頑固さと楽観主義とがちぐはぐに混ざったような人間だった。しつけの厳しい家だったので基本的には怒られないように慎重に生きていたが、多分生まれ持った性格は楽観主義の方だけだったのだろうと思う。

さて、Googleマップによると、歩き通せば12時間で着く距離らしい。海外旅行用にリュックに詰めた15kgほどの大荷物を背負っての徒歩になる上に休憩も必要だが、16時間あればギリギリと着けそうだ、と思った。
 それに歩き始めた最初のうちはちらほらと雪は舞っていたものの、道は思ったほど滑りやすくはなかったし、明るく順調に進めていた。
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問題は日が暮れ始めてからだった。天候は急速に悪化。あっという間に見通しが悪くなり、街灯の灯りと車のヘッドライトだけがはっきりと見えるくらいに。
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降り積もっていく雪のせいで歩くごとにずぼっずぼっと膝下10cmくらいまで足が雪に埋もれる。負けじと一歩ごとに足を引き抜き必死に歩く。
 そうやって下ばかり向いていると方向が次第に分からなくなってくるので、時々顔を上げて、前から横から飛んでくる雪の粒に目を細めながら次の街灯を確認する。それを永遠に繰り返した。

突然、一段と強い風が吹く。
視界が灰色一色になり、それまでうっすらと見えていた自分の体の上半身、腕、手すら見えなくなった。まぶたを閉じたわけでもないのに目が見えないという感覚が現実のものとは思えない。「周りの情報が得られない」ということが怖くて足が進まない。というか、目からのフィードバックが失われた今、自分が立っている自信すらなかった。

これはやばい。死ぬ。

小学生の頃、北海道で父娘が吹雪の中立ち往生した車から出てしまい、車内に戻れず凍死した事件がフラッシュバックする。あれは、本当だった。吹雪を吹雪を甘く考えていた。
 一瞬のうちにもう出発地に歩いて戻れない場所に来てしまった後悔と絶望が襲うが、もう手遅れだった。

足の力が抜けて倒れ込みそうになったところで、運よく吹雪が少し収まってくる。た、助かった。。この時の私はもう半泣きだったと思う。

「この雪の中、徒歩は死ぬ。」という確信を得た私は、とにかく最寄りの街灯下の見えるところで人生初のヒッチハイクを試みた。だが、渋滞するくらい道いっぱいに車が通行しているというのに、一台の車も止まる気配はなく無情にも私の前を通り過ぎていく。
 これではだめだ、と思った私が周りを見ると、廃業したガソリンスタンドの暗がりが見えた。ここなら車が止まってくれるかもしれない。

私は夢中でガソリンスタンドまでたどり着くと精一杯手を大きく広げてぶんぶんと振った。見つけてください。お願いします。

それが正解だった。
 1台のバンが目の前で止まる。窓が開いて顔を出したのは年配のご夫婦だった。運転席に座る旦那さんが車の中から言った。
「あんたぁ、こんなところでこんなことやってたら死ぬよぉ。」

私が事情を話すと、奥さんが「乗りなさい」と言って車の後部座席に案内してくださった。私がドアを閉めるなり、後ろに行列を待たせたバンが発車する。

道中お話ししたところによると、ご夫婦は普段留学生を受け入れているらしい。今日もたまたま留学生たちを送り届けた帰りだったそうだ。
話がヒッチハイクのことに及ぶと、奥さんが言った。
「私らは年だからこれくらいの雪でも止まれるけど、この辺のほとんどの人たちは経験したことがない大雪だから止まろうとしたらスリップして事故してまうやろねえ。」

なるほど、それもあって誰も止まらなかったのか。吹雪でパニックになって必死だったために周りが見えていなかった。
 自分が原因で事故を起こしていたかもしれないと思うとぞっとした。

その後、その日の夜は無理せず宿泊できる24時間営業のスーパー銭湯に泊まり、翌朝スーパー銭湯で出会った方にヒッチハイクさせていただきつつ無事に目標の時間より早く金沢駅に到着できた。
 この時に学んだ次の3つがローフォーテンでのヒッチハイクでも役に立った。

① 車が安全に止まれるところでしかヒッチハイクをやってはいけない。(吹雪の夜なんてもってのほか)
 当たり前だが、止まってくれる側は運転している。なので前後の車を含めて誰も事故しないような場所を見極めること。

②天気を甘く見てはいけない。
 天気は、人を殺す。普段生活していると忘れがちだが、どんな天候でも軽く考えてはいけない。雨や雪の日は言わずもがなだが、晴れの日も脱水や熱中症など危険が潜んでいる。

③ ヒッチハイクで乗せてもらったせめてものお礼として、「拾ってよかった」と思ってもらえるように全力で楽しんでもらう会話や反応を提供する。
 正直、ヒッチハイクで車に乗せてくれた方にその場で返せるものは少ない。同等以上のものをお返しできることなんて、まずありえない。だからこそ、その出会いを素敵なもの、拾ってよかったと思っていただけるようにする。

あと付け加えるなら、辛くても諦めないこと。



次回、いよいよローフォーテン本編が始まります。
お楽しみに!

*更新は毎週日曜日です。





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