少しはねた前髪を手櫛でとかしていく。しかし、独り飛び出した前髪は反骨 心を顕にして戻ろうとしない。それならそれでいいさと、何故か快く諦めたがついた。
空っぽの学生カバンを手に取り、ドアノブに手をかけた。
子犬特集は既に終わっていたらしく、先程までの甲高い声は聞こえない。
その代わり、ドアの向こう側のその奥で重苦しい獣の唸り声と一瞬の地響きが鼓膜を突き抜け、すぐに消え去った。
静寂を取り戻したこの場所に安堵の息を漏らし、ドアノブを回して廊下へと覗き出る。
獣道を進んで玄関へ辿り着くと、履き慣らしたスニーカーに足の指先を引っ掛けるよう滑り入れる。
その時、パンの皿を片付けていなかった事を思い出した。
後ろを振り返ってリビングの扉に目をやる。
しかし今、あの場所に戻る勇気などない。
踵を返して玄関の扉を開くと、新鮮な空気が肺を潤していく。
誰とも会わないことを祈りながら共用廊下を進むと、長ったらしい階段に差し掛かった。スニーカーが脱げないよう踵部分を踏みしめて一歩ずつ慎重に下る。
そしたらばようやく外界に出ることが出来た。
列をなして木の棒でじゃれ合う小学生たち。
母親に手を引かれ、ぎこちなく歩く幼児。
それらから視線を外すように空を見上げると、これまた鮮やかな空色で雲一つなく澄み渡っていた。
全てが対極的に見えて、結局俯く事しか出来ない自分に反吐が出そうになる。
気づかぬ内に流れた一粒の水滴が、日照りで焼けたアスファトに落ち、小さく色を濃くした。
しかし瞬く暇もなく蒸発すると空気に溶け、アスファルトは何事も無かったかのように本来の色を取り戻す。
それを見てふと、羨ましい、そう思った。
道は一直線に続いている。
ただ、その地平線の先で揺れる蜃気楼だけが僕の心を象っていた。