「やれなかった」のか それとも「やらなかった」のか 

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コラム

1.相田みつをさんの作品より


「時間が無かったから」とついつい言いたくなってしまう時があります。

そんな時に、自分を奮い立たせる言葉がある。

それが、相田みつをさんの言葉です。


やれなかった

やらなかった

どっちかな

相田みつを 「にんげんだもの」(文化出版局)より


2.言い訳の言葉


「時間が無かったから」

ついつい、そう自分に言い訳してしまう事があります。

他にも

「忙しかったから」

「急に用事が出来たから」

「今日は体調が良くないから」

そういって、決めた事を先延ばししている自分がいる。

「まあ、いっか」

「明日やろう」

と、安易に妥協している私。


3.自分を奮い立たせる


妥協している自分に嫌気が指して「そろそろやらない」と、少しやる気になった時、相田みつをさんの本を手に取るようにしています。


やれなかった

やらなかった

どっちかな

この言葉を目にする度に、胃がキュッと痛くなる。

そして、どんな栄養ドリンクよりも効きます。



4.この言葉がなぜ心に刺さるのか


それは、この言葉が、私たちの心の奥底にある、ある感情を揺さぶるからです。

ある感情とは「後悔」です。

「時間が無かったから」と自分に言い訳をしても、それは結局のところ「やらなかった」という事実に変わりません。

そして、その事実を受け入れた時に、強い後悔を感じる。

あの時○○○していれば・・・と。

中高年になると、残された時間の短さに愕然とする時があります。

とうに人生の折り返し地点を過ぎて、限られた時間をいかに有効に使うべきか真剣に考える必要がある。

だから、やれなかったのか、やらなかったのかが大きな問題になる。

若い時と違い、先送りするほど時間に余裕はありません。

今日出来ることは、今日終わらせておきましょう。

必ず明日が来るという保証はありません。


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