遥か昔、世界のあちこちに、ポータルと呼ばれる別の場所への移動を可能にする不思議な扉が存在していました。
ポータルを、行きたい場所へ繋げるには、その場所に合わせた歌やメロディが必要で、その歌を歌ったり、メロディを演奏したりする事で、扉を開くことができるのです。
リアンは魔法の森へ行く為に、まずは最寄りのポータルを目指すことに決めました。
それぞれのポータルには歌と楽器が上手な管理人さんが配置されていて、行き先ごとに決められている歌やメロディを管理しています。
ポータルは日常的に良く利用されており、旅人さんたちは管理人さんに、行きたい場所に合わせて音楽を奏でてもらっていました。
それだけでなく、利用する人自身が自分の手持ちの楽器で演奏したり、歌ったりしてポータルを起動させることも良くあります。
例えば、平日の朝には、音楽学校の生徒さん達がヴァイオリンを持って、学校近くのポータルまで移動します。
その時は、管理人さんも参加して、ささやかな時間ですが、小さな演奏会が開かれる光景が見られたりもします。
一度など、草笛でポータルを目的地に繋げることに成功した人が居て話題になったこともありました。
ポータルはいつも沢山の人の奏でる音楽が溢れていたので、ここを利用する人達は、自分が頻繁に通う場所の歌やメロディは自然と覚えておりました。
しかし、リアンを含めた多くの人は魔法の森へ行ける歌やメロディが奏でられているのを聞いた事がありません。
なぜなら魔法の森に行こうとするのは、特定の人に限られていたからです。
例えば、そこにしか生えていない植物が必要になった薬師さんや、森の管理者さんなど、ごくわずかな人しかおりませんでした。
森へ行ける時間帯は、星座が見られる夜だけということもあって、理由がない限り、誰も行こうと思わないのです。
そのため、それ以外の人には縁のない場所でした。
そこで、リアンは魔法の森への行き方について、ポータルの管理人さんに相談することにしました。
彼女がポータルに到着すると、優しそうな感じの管理人さんが待っていました。
その管理人さんはジュンという名前で、リアンとも昔から顔見知りで、ピアノが得意な人でした。
リアンはジュンに魔法の森へ行きたいことを伝えました。
ジュンはにこやかにリアンの話を聞いて、魔法の森への道を示す星座ラクエルが、特定の位置に見える時間帯を教えてくれました。
「あまり知られていないけど、実は、昼間にもラクエルが見られる季節があるんです。
でも、その時は森へは行けないのです。
そのため、夜しか行けないと言い伝えられています。
それから雨が降ったり、雲で隠れていてラクエルの星が全て見えない時も、ダメなんです。
でも今日の夜は晴れですからね。
おそらく大丈夫でしょう。」
実際に行ける時間帯が分かると、魔法の森に行く実感が湧いてきて、何だかワクワクしてきました。
そして、多くの人が聞いたことのない、魔法の森へのポータルを開く歌が気になってきました。
こんな機会など滅多にないことなので、歌姫のリアンとしては、自分で歌ってみたいと思ったのです。
この考えを相談すると、ジュンは優しく微笑んで、魔法の森への歌も教えてくれました。
「私もピアノが得意なので、伴奏をしてあげましょう。」
彼の優しい申し出が、リアンの心を暖かくしました。
リアンはラクエル座が見える夜まで、歌を練習して時間を過ごしました。
ポータルの利用者が居ない時間帯には、ジュンも練習に付き合って、リアンの歌う声に合わせてピアノで伴奏してくれました。
そうしていると、魔法の森への道を示すラクエルが、特定の方角に輝く時間となりました。
ついに待ちに待った時がやってきたのです。
リアンは、ポータルの傍に行って、歌い始めました。
ジュンは、練習の時のようにピアノでメロディを奏でてくれました。
ジュンのピアノがリアンの歌声を包み込み、美しい調和が生まれて、辺りに響き渡りました。
その美しい調べに誘われるように、ポータルが徐々に輝きだし、夜の闇の中に幻想的に浮かび上がりました。
そうして、ついにポータルの作る光の扉の中に魔法の森への道が開きました。
その扉の向こうには異次元の美しい森の景色が広がっていました。
リアンはゆっくりとポータルの方へと歩み始めました。