周易古占例 (44)娘の将来の吉凶の占、(45)途中で見たものは何か(射覆)の占

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天元春日  周易古占例 23
本ブログでは、少しずつ周易の古占例を掲載してゆきたいと思います。
【易学・易占界において「2千年来の1人」と称された真勢中州とその一門の占例(23)】

ー真勢中州について
真勢中州(ませ・ちゅうしゅう)は、日本の易学史上、最も有名な人物の一人です。
『浪速人傑談』の伝えるところに依ると、
「真勢中州。名は達富、字は発貴、中州と号し、また復古堂と号す。俗称を彦右衛門という。尾張の人。天性・廉直にして、若くして易学を好み、新井白蛾(あらいはくが)に従いて学び、なお自ら研究して遂に易道に妙を得たり。中年の後は浪花(なにわ)に移り、専ら易学を講ず。また象蓍(しょうし)を作り、爻卦(こうか)を製し、易経の本文を錯綜(さくそう)して『復古易経』と唱え、其の占験の群に秀逸せること、精義入神にして、世・二千年来の一人と称す。文化十四年丁丑二月四日、齢六十四にて終る。歿後、北野寒山寺に墓石を立つ。」
と記されています。

ー真勢中州とその一門の占例

(44)は娘の将来の吉凶、(45)は途中で見たものは何か(射覆)の占例です。

(44)一婦人、その子の将来の吉凶を問う。
賁(ひ)之頤(い)
占にいわく、この女子は美麗なる生贄なるべし。
離を女子とし、美麗なりとす。
さて三弦をよく弾くべし。
これ本卦賁の卦象たり。
【伝】その女子は歌妓になるべきの意あり。
賁は文飾の卦なり。
頤は口腹の養いの象たり。
女子にしてその姿容を飾り三弦を弾いてもって業としてその口腹を養うべきものは、これ必ず歌妓たるなり。
さて、この女子と実母との間に人在りてこれをへだてて
相会うことあたわざらしむるの象義(しょうぎ)具(そな)ゆ。
賁(ひ)の卦に上下二陰の母子の間に九三の一陽爻の人ありてこれを隔るの象あり。
されども後日に至らばその間へだてなせし人もなくなりて母と子と相会し、相親しむの意あり。
賁(ひ)の九三の爻変じて消滅せり。
ゆえに母子中間の隔てをなせしものも消えうせて上下の母子の二陰相通ずるの象とす。
しかのみならず後日に至りてはその女子のために養わるるの意あり。
これ頤養(いよう)の象。
その婦人いわく、わが女(むすめ)は少しく美麗の生
れつきなりしがある人のしきりにこれを乞望(こいのぞま)れ、
しかゆえに不通の約倍にて養子にやりつるところに頃日は三弦を教えて歌妓に売りつる事を聞きたり。
されども不通の約なれば相みることもなしがたく、今更悔
のみなり。
この度相あうことを得べきや否やを知らんがために卜筮を乞いたるなり。 

(45)一人、ただいま途中にて見たるものああり。
これを射覆(せきふ)の題とす。これ家令の会なり。
家人(かじん)之既済(きさい)
占にいわく、その見たるところの物はこれ必ず火なるべし。
これ本卦の家人、之卦の既済ともに離の火あるをもっていう。
されどもこの火は気かちて実体はなきところの火なりとす。
巽を気とし食とす。
これ、気火陰火の類にして実体なきの義たり。
このゆえにたちまち滅してあとなくなりたるべし。
既済は尽くるの義なり。
また上爻変じたり。
これ卦の終わりたるの象義たり。
これ必ず幽魂、陰火の類を見たるなるべし。
果たしてしかり。
※出典 真勢中州『占験諸例』(写本復刻)文章は読みやすくするため、適宜加削変更しています。
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