就活日記 カウンセラーへの道 統合失調症の家族

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どうも、羽矢ひと美です。
寒かったり、温かかったり、1日の寒暖差がありますが、お身体、お変わりありませんか?

数あるブログの中で、目をとめて頂き、ありがとうございます(*´ω`)
今回は、ちょっと重いお話しで、恐縮です(;´・ω・)
それでも最後までお付き合い願えたらありがたいです(*´ω`)

今日は、統合失調症と両親について話そうと思います。
私事で申し訳ないのですが、私の母は統合失調症と中程度の認知症を発症して、今、精神病棟に入院しております。
父も健在で、我が家は高齢者が2人います。

両親は元々仲が良くありませんでした。
父は長男で、父の両親と兄弟と身体障碍者の祖父の妹という大家族でした。
両親は見合い結婚で、子供は私と弟の2人
母は、こう!と決めたら頑として譲らない性格でした。
自分が正しい他人の話に耳を貸さない人です。
父は、跡取りとしての長男気質で「こうあるべき」という人です。
なので、家を守るため、家族を養うために働いていました。

母の病気がいつ発症したのか不明ですが、お見合い結婚で、大家族の嫁に来て、母も気苦労があったと思います。
よく私に「長男の嫁にだけはなるな」と言っていましたから。
母は、多分、父にもっと寄り添って欲しかったのかな、と思います。
でも父は、家長としての役割を重視し、家を守る事を一番に考えていました。
今でも父は、「俺が死んだら誰がこの家を守るだ」と言っています。

母は幼い私たちを連れて家を出た事もあります。
父の元に戻ってからも母屋と離れで別居した事もあります。
きっと、母は父の気を引こうと色々試したのでしょうね。
でも、父の態度は変わらなかった。
そんな2人に亀裂が生じ、母の正気も失われたのかな?

父から母の病気の事を聞いたのは、私が県外に嫁いで1人目の子を産んだ後です。
不器用ながら父はずっと1人で母の病気と闘って来たのです。
私はその時初めて、「統合失調症」という病気を知りました。

母は元々、自分勝手な人でした。
でも、私も薄々、母が「おかしい」と感じてはいました。
その正体が「統合失調症」だったとは・・・。

母は「被害妄想型」の統合失調症です。
誰か1人をロックオンして、執拗に言葉による攻撃をします。
最初は、身体障害者の祖父の妹でした。
話せない、聞こえない、片目が見えないというおばですが、子供好きでよく世話してもらいました。
おばに嫌がらせをして、やってもいない罪をかぶせようとしました。
おばを追いかけまわして外に追い出し、引き戸にかけた手に戸の隙間から包丁を突き出しておばの手を切りつけ、それをおばが笑いながら自傷した、と家族に話したと、父に聞きました。
母はおばが自分を排除しようとしていると感じたのかもしれません。

私も実際、母に耳元で囁かれた事があります。
母は、家に盗聴器が仕掛けてあって、誰かに監視されていると言っていました。TVが勝手についたりするとも言っていました。
誰が聞いているかわからないからと、私の耳元で延々とその話をしました。
・・・もう、気分が悪くなりました。
私もそっちの世界に引き込まれそうで嫌悪感がしました。

結局、父と母の病気の戦いは、おば・祖父と続き、父の番になりました。

母の被害妄想はドンドンひどくなり、相手が誰でもどんな状況でもお構いなしで自分の欲求をはらそうとしました。
例えば、私の嫁ぎ先の義理の両親と会った時も、父に如何にひどい事をされたかと延々と話しました。
その異様で自制のきかない状況に、看護師だった義理の母から「一度、病院で診てもらった方がいいよ」と言われた事があります。
私は、病気と知る前だったので、母の異常な言動にイライラして、
「義理の両親の前で変な事、言わないで!」と怒鳴った事もあります。
でも母は「嘘じゃない 本当だよ」と繰り返しました。

それからしばらくして、父から連絡があり、母を強制入院させるがいいかと言われました。
その時、初めて、父と母の病気の戦いを知りました。

家族会議(父と私と弟)をして、母の病気を知り、父の苦労を知りました。
でも私は、母の異常が単に病気だけなのか疑いました。
母は元々、自分勝手で自分が正しいと思い、他人の言葉に耳を貸さない人だったので、病気だけじゃなく、性格もあるのではないか。
実際、私は自分勝手な母に常にイライラしていました。

私は父に問いました。
「なぜ離婚しなかったの?」
父は言いました。
「お前たちがいたから」
・・・は?(´・ω・)
お前たちのために我慢した
・・・え?(;´Д`)

あのー、それって、人のせいにして言い訳してませんかー?

というか、「子供のために我慢した」と言うなら、子供の前でいざこざを起こさないで欲しい。
幼心に「大人のケンカ」「怖い父」「家族に敵意を向ける母」を刷り込まないで欲しい。
その結果、私は大人が苦手になったし、人の顔色を伺う小心者になった。
父は「お前たちのために」と言うが、そう言えるのは、ちゃんと子供に不安を与えない状況を保ってから言って欲しい。

私は両親を尊敬していない。
育ててもらった恩はある。
でも、「こんな大人にはなりたくない」と思った。

まぁ、この家庭環境があったからこそ、今の私がいるのですけど(笑)
その話はまたおいおい(*´ω`)
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