科学技術「古のロボ」
記事
IT・テクノロジー
【原子炉整備ロボ】
第二次世界大戦終結後
1962年にアメリカは
巨大ロボットを開発しました。
その名は
「ビートル」
61年前に開発され物です。
このビートルが作られた目的は
原子力エンジンの整備を行う目的で
ゼネラル・エレクトリック社が
制作しました。
開発費は
「約16億5000万円」かけられ
3年の歳月を費やし
制作されました。
当時の核研究は
人が放射性物質に直接触れて
研究をすると言う
とても危険な事をしてました。
そのせいで2人の科学者が
犠牲になってしまいした。
犠牲になった科学者は
「ダリアン博士」
「スローティン博士」
〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓
【仕様】
そして
こんな危険な実験をしないように
核研究専用ロボットが作られました。
このロボットは
全高「8.2m」
重量「77t」
この様に凄く大型物でした。
移動方法は
キャタピラで走行します。
そして
上半身が人型になっていますが
「高さ調整」「回転」のみと
限られた動きしか出来ません。
しかし
この巨大な体の左右には
人と同じ動きが出来る
可動式の腕が付けられてます。
この両腕で持ち上げられる重量は
なんと!「39t」!
この馬力を発揮し
走行できるようにした動力源は
戦車のガソリンエンジン
「スーパーチャージャーエンジン」
〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓
【精密設計】
このエンジンの馬力は
500馬力を出します。
元が軍用洗車の
「M42ダスター自走高射機関砲」
この戦車を魔改造して
砲台部分に胴体と腕を
取り付けちゃいました。
しかし設計は
当時の最先端技術を使用し
スプーンを持たせ上に卵を置いても
バランスを保てたほど精巧です。
このロボットの胴体は
「約61㎝」もの分厚い装甲で
全体が覆われてます。
装甲素材は
「鉛」「ガラス」「スチール」が
3層に重ねられた完全防備です。
そして
この胴体の中に人が乗り込み
ロボットを操縦して
原子力エンジンの整備を行います。
〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓
【原子力爆撃機】
操縦性から
外の状況を確認するには
カメラで移された映像を
テレビで見る方法が取られました。
通常のカメラに加え
潜望鏡も搭載してて
見えない角度の場所も
その場を動かず見る事が出来ます。
当時のアメリカでは
原子力エンジンの
爆撃機を研究していました。
この爆撃機を完成させて
ソビエトに対した抑止力にする事が
最大の目的です。
その為に
完成したらソビエトの近くの上空で
何週間も飛び続る必要があります。
そして有事の際には
数分で報復ミサイルを発射できる
この様な状況が理想でした。
しかし
結局この爆撃機は
完成させる事が出来来ませんでした。
〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓
【動作実験】
爆撃機に原子力エンジンを積むと
原子力エンジン自体大きい上に
放射能が漏れださないように
分厚い装甲が必要でした。
こうなると重量が増加し
爆撃機自体超大型化になってしまい
とても飛ばせる事が出来ません。
しかも
爆撃機に長期間滞在するとなると
ライフラインも必要になり
まるで空母を浮かべるような物です。
ロボット「ビートル」は
正にこの原子力爆撃機の整備を
安全に行う為に作られました。
そして実際に操作を行い
精密な動作が出来る事が
証明されました。
しかも操縦士は
このロボットの中に8時間もいて
その間ガムをかんだり
タバコを吸ってました。
でもこの実験で
ビートルの部品が何か所も壊れ
組み立て時の経験値不足が
露になります。
〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓
【過剰評価】
しかしビートルは
こんな状態なのにメディアの前で
4日間のデモンストレーションを
決行しました。
結果
動かす度どこかが壊れてしまい
ちくいち修理が必要でした。
壊れた箇所は
「電気回路のショート」
「エンジンからオイル流出」
「腕のヒューズ破損」等々
この様な故障が相次ぎ
数十回も修理する事になります。
1962年に発行された科学雑誌で
「ポピュラーサイエンス」の
マーティン・マン記者が
「ビートル」の評価を載せました。
その書かれた評価は
「ビートルは国家の核問題を
解決する万能ロボットだ!」
こう書かれてました。
更に
「原子力エンジンの修理」
「放射能の除去が出来ます!」
こう書かれて宣伝されました。
〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓
【受け継がれる技術】
そしてこの記者が最後に
「水爆の被害者の救出等の為に
ビートルは存在しているのだ」
こう断言してました。
この様に
当時の原子力の評価が高く
過剰な希望を抱いて時代でした。
でもビートルは
ネバダ州の核実験で
設置と跡片付けを行います。
これがビートルの
最初で最後の活躍で
その後解体されます。
しかし
当時のピートるの技術は
革新的な技術が評価され
後世に受け継がれました。
その後
この技術を使った潜水艇が作られ
沈んだタイタニックを
発見する事に成功しました。
そしてアメリカは
核エンジンの放射能リスクを
コストに見合わないと判断し
開発を取りやめました。