澱んだ空気を纏って

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コラム
ずいぶん久しぶりにブログを更新します。

どうも澱んだ空気を自分が纏っているような気がしていました。

ブログをと思いパソコンを開くも、
無理やりテーマを探し出すしかない。

たとえタイトルが浮かんでも、
文字はもったりとした重さで、
ちっとも飛び出そうとはしませんでした。

高校時分からの友人が
「人の悩みばかり聞いてないで、吐き出して」
と言ってくれました。

私は申し訳なかったのだけれど、
それには応えませんでした。

自分で脱出することこそ、
何かを掴み取るチャンスだと思ったのです。

心に触れる仕事に携わっている今、
これは私の課題だと感じました。

本を読み、音楽を聴き、たくさん寝ました。
パズルをし、雨の音にたそがれ、
適当な調べ物をしました。
図書館で過ごし、子供をからかい、
外を歩きました。

そうしてふっと空気が流れだした一瞬がありました。

次の詩の中の一節を読んだとき。
ここに、ご紹介させてください。
「詩の本」という詩集の中の冒頭の作品です。


新しい詩    谷川俊太郎

僕の新しい詩が読みたいんだって?
ありがとう
でも新しい詩ならいつだって
きみのまわりに漂ってるよ

きみは言葉を探しすぎてる
言葉じゃなくたっていいじゃないか
目に見えなくたって
耳に聞こえなくたっていいじゃないか

歩くのをやめて
考えるのをやめて
ほんのしばらくじっとしていると

雲間の光がきみを射抜く
人の気持ちがきみを突き刺す
オーロラの色が君に感染する

きみは毎朝毎晩死んでいいんだ
新しい詩をみつけるために
むしろ新しい詩にみつけてもらうために


この詩の「きみは毎朝毎晩死んでいいんだ」
ここを読んだときに、新しい空気が私の中に入ってきました。

毎朝毎晩死んでいいんだ、と言われて、
不思議と息がしやすくなった気がしたのです。

なんとも心とは不思議で面白いものですね。

毎朝でも毎晩でも死んでいいんだ、
と言われすっと心が軽くなる。

「前を向こう、進もう」
と唱えるばかりが励ましではなく、
時として際どい言葉が励ましになる。

そんなことを知りました。
これを自分のものにしてしまうには、
まだまだ学びと経験が必要ですが^^



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