医療機関・薬局の利用法

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 近年の世界情勢はみなさんご存知の通り、コロナ禍による経済の停滞だけではなく、感染症のパンデミックによる健康被害、死亡症例などもあり、深刻である。しかし、なぜか我が国では重篤な患者の症例は少なく、不要不急の外出は避けるべきと言われてはいるが、必要な医療機関の受診、利用はやはり健康を保つ上でとても重要である。

 さて、医療機関として最もメジャーな存在である病院、クリニック。よく耳にするのが「3分診療、1時間待ち」に対する時間のロスについての不平不満だ。確かに、受けられるサービスが3分で待ち時間1時間というのはタイムコストが合わないと思われるかもしれない。ここでは医療機関が内部で一体何をやっているのかをご紹介していこうと思う。

 受付に行くとたいていは「今日はどうされましたか?」などと聞かれる。虫歯が痛いとか、予防接種を希望しているとか、風邪をひいたみたいとか、受診の動機は患者ごとに様々であり、顔に何か書いてあるわけではない。つまり、受診する患者情報がほぼゼロの状態でサービスを提供する、そういった医療機関とはいわば「情報戦」という戦場のようなものである。待合室にいる患者さんの全てが等しく緊急性がないわけではなく、急患が運び込まれてあと3分以内に適切な処置をしないと最悪のケースに陥る場面に年に何回かは遭遇する。検査や診察の内容によって順番が多少前後するのは仕方のないことだ。それにしても3分診療に1時間待ちとは一体どういうことなのか。その内容について解説する。

 医療機関でのサービスは物販とは違い、物を売っておしまい、という単純なものではない。患者は主訴(頭痛がする、胃が痛い)などを情報として提供してくれるが、例えば腹部が痛いといっても、神経痛なのか、胃が荒れているのか、産婦人科で言えば子宮内膜炎などの症状であったり、いろいろなケースが考えられる。「腹痛」という情報から医師は何十種類もの病名を頭に描く。そして、症状の経過、血圧や心拍数、呼吸器の聴診、腹部圧迫痛の有無、下痢の有無、発熱の有無、食欲、便の状態(色、軟便や下痢がないか)、これらの診断上必要な情報を瞬時に把握し、必要な検査があれば実施して医療サービスの提供をする。医師という職業は我が国では現行法上、唯一「病名をつけることができる」職種である。看護師や薬剤師も診断に際して助言を求められることはあるものの、基本的には医師の中で完結する作業である。病名がつかないことには薬も使えない。この短い3分診療で手際よくデータを収集する、それが医師の業務の中核をなすといっていい。医師国家試験が医学部生であっても合格率が90%程度であることを考えても、かなりのスキルと専門性を要求される。ミスれば医療訴訟待った無しだ。まさにそこは「戦場」と言える。

 1時間待ちの主な原因は、医師はいい加減な診断や診療をすることができない関係上、必要であれば調べ物をすることも多いからだ。患者が持参したお薬手帳にあまり見慣れない薬が載っていた場合、それが何の薬であるか、その薬は今も服用しているのか、それによる副作用の所見ではないか、基礎疾患で患者が申告をし忘れているものはないか(がんは本人が告知をされていないケースもあり、胃薬として服用していると言われた薬物が実は抗がん剤だった、などというのは日常茶飯事である)、とにかく調査に時間がかかる。これが弁護士や警察の刑事課であればゆっくりと何ヶ月もかけて捜査をすればいい。しかし、医師はそんなに時間はもらえない。調べ物をしている間に内視鏡(俗に胃カメラとも言われる)の検査が入ったり、他の病院の医師から問い合わせを受けて情報を共有したり、検査データを読んでそこから適切な病名を診断したり、尿検査の検体をじかにプレパラートにセットして顕微鏡で細胞をチェックすることもある。心電図を読みながら、心筋に影響のある薬物の摂取がないかなどのチェックを同時並行で行う。こういった「病院を受診した側からは見えない作業」が診察のざっと10倍くらいの作業量があるということだ。さらに、そういった診察から導いた診断結果を正しく患者カルテにインプットしなければならない。ここで患者を取り違えたりすれば大事故の原因ともなりうる。

 端的に換言するならば、待ち時間は「確認、安全確保、調査」のための必要コストである。医師も人間である以上、本当は楽に仕事がしたいのは山々ではあるが、それではいつまでたっても診療が終わらなくなる。手を抜けば処方ミスの温床となり、薬局薬剤師からの問い合わせに応じなければならないなど、かえってタイムロスになりかねないのだ。いわば、待ち時間の間に(見た感じそんなに忙しそうに見えないが、それはあえてそう見せているのだ)業務をものすごいスピードで並列作業をしているのであり、さながらランチタイムの定食屋の厨房のように、そこは激務である。つまり、「待たされる」のは安全性がそれだけ担保されているということだ。患者の取り違えは本当に怖いので、何度もチェックをする。規模の大きい病院では同姓同名の患者もいるので、血液検査などの前に氏名とともに生年月日を確認、照合することもある。待ち時間があまりにも短すぎると、それは確認や調査をサボっている可能性も拭えない。すべての病院、クリニックについて当てはまる公式とは言えないものの、相関性は高いと思ってもらっていい。

 また、調剤薬局によるダブルチェック機能も安全性の担保に非常に重要な役割を果たしている。診察室では緊張していていい忘れていたけれど、こんなことがありました、という情報が結構深刻なもので、薬局から医師へその情報が伝わっているかの照会をすることもあり、また、薬剤師法24条には、次のような記載がある。

【薬剤師法:第二十四条】 薬剤師は、処方せん中に疑わしい点があるときは、その処方せんを交付した医師、歯科医師又は獣医師に問い合わせて、その疑わしい点を確かめた後でなければ、これによつて調剤してはならない。

つまり、「あれ、なんかこの処方、変じゃない?」と違和感を感じた場合、いくら患者が急いでいるからといっても、その違和感、疑義を解消したのちでないと調剤をすることは法律に抵触する、要は違反になるのだ。違法調剤となるのでこれは薬剤師も頭の痛い問題ではあるが、待たせて怒られるのと、必要な医学的判断をサボって怒られるのとでは、その二択を迫られるのなら、待たせて怒られる方が遥かにマシだ。

 このように、医療機関では顧客である患者側から「見えない」労働が9割くらいを支えている。これだけのサービスを受けられるのに、我が国では公的な保険が利用でき、さらにはその保険の申請作業は全て医療機関が代行してくれる(レセプト業務)。しかも日本はドクターズフィーが先進国ではずば抜けて安価である。大安売りといっていい。医療費が高騰していることをマスコミは叩くが、これは医療を受けられるだけの体制が整っているが故の我が国固有の特性であり、金銭面で受診が不可能な国民が多い他国を同じように比較するのはナンセンスである。これらの事実を知ってから、医療機関を受診すれば、そういった見えない部分が少し見えるようになる。こういった情報をもとに、賢い患者になることが、より有効に医療機関を利用する上では必要になるとも言える。
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