発信しながら集中する

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ビジネス・マーケティング
自己啓発系のネタです。

発信するとそのリアクションや反応で集中出来ない人もいるかなと思います。それは分かるのですが、その場合集中として、発信をする時間か、または発信するためのネタ入れや考える時間に集中したほうがよくて。その反応や手応え自体はあったら出てくるので、最小の時間、最初はむしろないくらいでいいんですよね。

反応や手応えのための時間は最小限でいい


式にすると、

考える時間+インプットやネタ入れの時間>発信する時間>>>反応を調べたりする時間

という感じですかね。
最初や駆け出しなら、ほぼ右側の「手応えや反応はない」ので、そこって時間割かなくていいと。

なので、考える時間だけ独立したいとかはありますが、そもそも仕入れやネタがないと考えられないのでここはバランスしつつ。逆は微妙というか、完全に反応待ちなので、待つなら発信時間を増やしたほうがいいのかなと。とはいえ、それってただ増やせばいいとかってことでもないですが。

仕入れ→発信までを回して手応えはご褒美的に

つまり、
1.ネタを仕入れる
2.考える
3.発信する
4.(手応えがある)
とかって流れでいくとすると、完全にPDCAやこの順ではないですが、
1,2,3をセットとして、4はあったらいいなくらいにすると。

そうやっていくと、123→123→123→たまに4→123→・・・・って感じでいくのかなと。たまに4があればご褒美みたいなものですよね。って感じで僕はやっています。

これは世界観として手応えや反応がなくても当たり前、または気にしない。そこであることを喜ぶ。当然「なくて当たり前」とは、ないこと=価値がないという肯定でなく、価値がある→届いてない、というところで分離すべきですかね。というか、価値がないなら1,2,3もやらないので。何かあるからやりたいというか。

自分が直感的に良いことは説明が出来ない

直感的には価値があると心から思う。けど、それを論理や説明ができない。というのってあると思いませんか?まさにそれです。そういう時って、ほとんど手応えがないんですね。なぜなら説明もうまくできないので(笑)それで伝わる方が怖くないですか。そして怖いです(笑)

ビジネスとかでも、これ自分はいいのに、良いアイデアと思うんだけど、説明すると結構ポンコツというか伝わらないことってないですか。僕はそういう話を聴くし、または自分もそういうことをいってるんだろうなと両者から見えるのでどちらの視点でも「うんうん」と分かる気がしています。

では、直観って価値がないのか?いやそんなことはないんですよ。あるんですよ。直観のほうが速いだけかもしれない。当然勘違いもありますよ(笑)
でも、論理が駄目とか、説明が駄目とかもない。論理が優れることで分かることもあるし、アイデアが整理されることもある。

つまり、直観も論理もどちらも大事。なので、フェーズとして、その状態を把握するか、できないなら、直観を信じて行動して、123とやっていって、見えてきて分かるようになると、ああ、価値があるってことになるよなと。そういうあと付けでしか分からないこともあるよなと。そういうもののほうが実は多いかもしれないですね。

とはいえ、やればあとから分かるからやれっていうのもまた乱暴なので、自分の中ではそうと、人の価値観は別なので、そこを分けたいですよね。

というわけで、発信して集中できないときって、この1234の中で、4など他人の見方、見られ方を意識しすぎててもってかれてないか?そこを疑ってもいいのかなと。そういう時間や意識をもっていかれていれば、やはり123に時間や集中できてないので。123をやっていけば、4が出てくる。そこで出てきたらはじめて4への意識をすると。そうすると結構回るのかなと思います。

どちらにせよマイペースという定義をするなら、自分だけのペースで回しやすい何かがあるので、それを人から学ぶとか、自分で体験して見出すとか、試行錯誤して探っていくことになるんでしょうし、そういうものかなと。

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