ツイノベ 216-220

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小説
妻が植物状態になってから数年が経つ。わずかでも感情を呼び起こせるようにと、小学生時代に演じた花咲じいさんのビデオを見せる。同級生は誰も覚えてない遠い昔の思い出だ。「枯れ木に花を咲かしましょう」と心の中で呟く。元の状態に戻るまで、僕は一体どれだけの涙を流せばいいのだろうか/№216 黙樹(百景66番)

夢のレンタルショップを訪れる。お店で夢を借りれば誰でも等しく夢を見ることができる時代だ。私は「誰かと一緒にいたい」という夢を手に取る。昔は当たり前だった現実が、今では常に貸出中の夢になってしまった。誰かと会って話がしたい。そう思うこと自体はきっと、悪いことじゃないはずだ/№217 unravel(百景67番)

地球温暖化が進んで世界は防熱壁に包まれた。空では人工の太陽と月が浮かぶ。本物の光を失ってから何十年が経っただろう。今の子ども達は教科書でしかその存在を知ることはなくなった。業火に灼かれて死ぬとわかっていても、いつか壁の外に出て、もう一度夜更けの美しい月を眺めたいのだ/№218 造光(百景68番)

五歳になる娘に対して感情的に叱ってしまい、私自身のふがいなさで布団に塞ぎ込む。ふと目を覚ますと娘が折り紙を折っていた。私に気付いた娘は「ごめんね、ごめんね」と謝りながら色とりどりの花を私の側に並べる。思わず涙が溢れて花の折り紙の上に落ちると、鮮やかな染みが広がっていった/№219 花筏(百景69番)

両親との折り合いが付かなくなって、なかば家出のように一人暮らしを始める。二十歳そこらの小娘が学費と生活費を稼ぎながら生きるのは難しい。大学の帰り、電車の中で転がる空き缶を拾う。開いた扉が入口だったか出口だったか思い出せずに、秋の影を背中に受ける。どこかでひぐらしが鳴いた/№220 和音(百景70番)



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