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お子さんの運動会や発表会の行事関係、就学のことを考えている時に感じることがあります
それは
「大人は自分の経験したものの枠組みに囚われる、縛られる」
というものです
私たちは今までの幼稚園、保育園、小学校、中学校、高校、大学、社会人の中で、私たちは成功体験を積んでいます
そしてそれを当たり前のように子どもに伝えます。自分の体験した、上手くいった経験を無意識になぞらせようとするのです
でも、福祉の世界に身を置くと、その自分の経験が全く通用しない世界があることを感じますし、
まるで自分の経験が否定されるかのような気分になります。一端そこで思考が止まってしまいます
私自身もそうなんですだが、お子さんと遊ぶときには、自分の遊び方を押しつけてしまいがちです
ブロックだったら恐竜とか、家とか作るのが好きだし、闘いごっこ、鬼ごっこも好きです
でも、おままごとは苦手です。「なんだこれは」と戸惑う。お子さんから誘われたらもちろんやりますが
自分から誘うことはありません、遊びを発展させることができないのです
ひとえに「今まで興味もなく」「楽しさや遊び方、展開の仕方が分からない」のです
結果、誰かにそれを勧められても消極的な動き、ネガティブな思考、行動になります
結局これは「経験してこなかったもの」であると思っています
自分が楽しめる遊びは、その遊びの中で何らかの楽しい成功体験があったのだと感じるし、自ら挑戦しようと思えたものです
思うにこれは「遊び」の中だけではないなぁっと最近思います、大人になった今でこそ感じることですが、
興味を持てなかったもの
見てこなかったもの
の知識はないし、発展もないです
大変なのは、「そういうもの」が自分の意志とは別に自分に降りかかってきた時です
昨今の運動会などの行事も、新しい技術も「いざ、新しい試みをしよう」という時に「いや知らないしな」と二の足を踏んでいるのではないでしょうか
お子さんの特性の強さに目をつぶり、定番と言われ続けた保育を継続し続けていないでしょうか
新しいことを始める、収集、実践し始めると、新しい失敗、課題がみえてきます。これは「ほら、みたことか」と言われる失敗ではありません
そこを突き詰めていくと、本当により良いものになると経験上知っています
二の足を踏んでる新しいことに挑戦があるのであれば、人目も気にせずやってみてもいいのではないでしょうか