命に自由はあるか?

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コラム
とある国のニュースをみるたびに、あんなに自由が許されていない国は怖い、あの国に生まれなくてよかったと思っていました。

ですが、ふと思ったのです。
そもそも生命に、すべての物に自由はあるのだろうかと。

宿命、運命こそが拘束しているもの。肉体は拘束着です。
それらから解放されることがほんとうの自由だと思います。

生物には寿命があり、食べられるものも限られています。
住む場所が必要です。
生きていくためにはお金が必要です。

肉体はいつも私たちを束縛し、苦しめ、病を恐れています。
仕事場では拘束時間があり、自由きままにしていれば結果的に辞めることになります。

私たちに自由はありますが、それは枠にはめられた自由です。
なんでもかんでも自由にしていれば社会の秩序は崩壊してしまいます。
そのために憲法や法律、取り締まる人たちがいます。

生まれて、学校に行き、大人になれば仕事をし、親が老いて介護をすれば、より自由は制限されます。私も五年ほど父の介護をしていましたが、遠出もできませんし、長時間の外出もできませんでした。子育てもまた、かなりの制限となるでしょう。

私が小学生の頃、『未来の夢』をテーマに作文を書きなさいといわれて、迷わず作家か科学者になりたいと書きました。地球の謎を解き明かしてから宇宙の謎にチャレンジしたいとも書きました。

「三つ子の魂、百までも」ではないですが、その夢を忘れ、あきらめることはありませんでした。

高校生の頃から占いを学び、対面鑑定もしていまし、ネットで多くの人たちを無償で占ってきましたが、プロになろうとは思っていませんでした。

そして、オリジナルの占いをつくって、とある出版大賞に応募したところ、佳作に入りました。審査員さんの講評では、「プロの占い師でないのに占いの本はどうだろう?」とあって、プロの占い師を始めました。

エッセイや小説を書き始めたのは高校生の頃からです。
その後、毎年、応募し続け、小さな賞や入選はしてきましたが、大賞には届いていません。
今は占い師とフリーライターとして活動しています。

夢の一部は叶えられたと思いますが、今年も応募し続けています。
いつか、錦鯉さんのように、感動の涙を流せることを信じて生きていこうと思っています。

フリーの職種の人が生きていく世界は野生動物たちの世界ともいえるでしょう。
いつも危険ととなりあわせて。老いて食べることができなくなれば死んでしまう。
人気がなくなり、必要とされなくなれば仕事はもらえなくなります。

ですが、もしもフリーの職種で成功すれば、人々に感動をあたえ人の心に刻まれます。
時代を超えて愛され、作品がなんどもリニューアルされていくでしょう。
根無し草のような仕事でも、フリーで成功すればまさに星のような存在になれます。
まさにハイリスク・ハイリターンが自由というものなのかもしれません。

(了)
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