孤独からの恵み

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コラム
またまたこんにちは。
溢れ出るもの自分の為に書いてる感じ。


お申込みしてくださった方にテキストメッセージしてる中で
孤独という表現から
単独性という表現もでてきたのでした。


私たちは独りになることが怖くて
関わりを求めることがほとんどかもしれません。
恐怖ともいえるもの。
関わるというより
奪い合うということになってしまいます。


すべては愛と表現されるように
私たちもそこから生まれているもの。
それを感じるには
外に向かっていたものが
内に向かわれたとき、
一人、孤独を与えられたときに
はじめてそれと出合える気もしています。
このサラという存在はそうでした。


存在は愛そのもの・・・


そこに触れる、感じると
愛と呼ばれるのか、温かなエネルギーが
湧きあがって満たされていくのを感じます。


生命のエネルギーとも呼べるのかもしれません。


単独性って、自分が自分で在るという喜びでもあって・・・


それは独りでいることで
感じられるもの。


最近はささやかな交流の中から
生まれる喜びを感じていたのも
この単独性、独りでいる事の中で感じられる
私が私で在るということから生まれる
溢れ出るものを
分かち合えた喜びを感じていたのかもしれません。


様々な関係性があるけれど
溢れたものを分かち合い、
また一人になる自由も与えあえられる。


それが愛の関わりでもあるのかなと
感じています。


ささやかな交流
それは一時的なものであっても
友人との間でも
恋人との間でも
夫婦の間でも
同じように生まれるもの。


すべてが友愛という表現がぴったりなのではないかな?と・・・


縛り合う
また所有するものではない


そこにはいつも風通しのいい自由が流れていて
相手の一人の時間や
自由を尊重できる。


それには孤独を怖がることから
孤独から生まれる恵みを味わうことへ・・・


だから孤独を怖がる必要はないのだと
今は感じています。













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