ラディカル・ヒューマン AI×人間 ビジネスへの応用

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IT・テクノロジー
本記事では一般的に重要な技術として語られるクラウド、AI、その他の新しいテクノロジー についてももちろん触れているが、前著から一貫して提示している〝人間中心"のテクノロジー の活用、そしてそれを実現するためのフレームワークを提示している点に重要な意味がある。 大きな時代の転換点を迎えている今、新しいテクノロジーが企業や社会にどのような変革をも たらすのか。〝人間からインスパイアされた"最先端のテクノロジーについて理解を深め、これ らのテクノロジーによってより“人間中心〟〝信頼に基づいた"そして〝持続可能な"ビジ ネスをいかに創造するのかを、本記事を通じて考えていただきたい。


人間とAIテクノロジーの関係の進化は3段階のステージを進む。 

ステージは、機械中心の自動化だ。このステージは人間の〝機械的な"作業を文字どおり 機械に置き換えるステージである。この置き換え作業が注目され、人間V機械、あるいは人間 の仕事が機械に奪われるといった議論が日本においても一昔前にメディアを賑わせたのは多く 読者の皆さんもご記憶かと思う。ただこのステージ1は単なる序章に過ぎず、本当の意味で のAI活用ではない。 ステージ2は、人間と機械との協働で、人間をAIに置き換えるのではなく、人間の能力を 拡張するために如何にAIを活用するのかが問われるステージである。人間とマシンのコラボ レーション(協)が生み出す力を活用して、機械的な作業を人間中心の作業へと変え、事業や 績を改善していく。 ステージ3は、人間中心のテクノロジーの導入だ。人間が機械に合わせるのではなく、機械 が人間に寄り添う、今ある技術が人間中心のテクノロジーへと転換を果たす段階がこのステー 「効率化する」「自動化する」という発想に留まっているケースが 日本の現状を見ると、まだステージ1、すなわち、既存の業務ありきでその業務をそのまま効率化する、自動化するという発想にとどまっているケースが大半であるように見える。


第1章:知能 人工的から人間的へ


人間の本質に迫る革新的な知能の未来


認知心理学や神経しているにもかかわらず、人間の脳がごく限られた計算資源で これほど驚くべき作業をいかに実現しているのかは、未だによくわかっていない。だが、おお まかではあるが、人間の知能の基本的な構成要素がどんなものかということについては部分的 にわかっており、先駆的な研究者たちはそれを機械で再現しようとしている。 機械知能(マシン インテリジェンス)の新たな方向性を示す画期的な論文 「人間のように学習・思考するマシンを つくる」にはこうある。 「自然知能の最たる例であり続けるかぎり、人間が難しい計算問 題を解く方法をリバースエンジニアリングする取り組みが、 今後もAIを進化させるための情報を与え、AIを前進させていくものと思われる」

そこで経営幹部にとって問題になってくるのが、自社の事業に価値を付与し、顧客に価値を提供するためには、より人間的な認知能力のどれが自社にとって1番適切なのか、という点である。 


第2章:データ 最大規模から最小規模へ、最小規模から最大規模へ


少ないデータで性能を高める技術

AIの進化に伴い、研究機関や企業はAIの性能を急速に向上させるための少ないデータでの技術を開発しています。この技術は、ラベルの付いたサンプルが限られている場合や、稀少な欠陥や特徴を持つ異常データのサンプルが少ないエッジケースで効果を発揮します。スモールデータの技術には以下のようなものがあります。

データエコーイング
グーグル・ブレインの研究者たちは、データを再利用(エコー)してAIの処理スピードを向上させる技術に取り組んでいます。通常の訓練プロセスでは、AIシステムは最初に入力データを読み込み、解析し、その後データをシャッフルし、変換を加えてデータを増強し、バッチ処理を繰り返すことでパラメーターを更新してエラーを減少させます。訓練プロセスに前回の出力データを再処理するステップを追加し、コンピューターの余剰能力を活用して効率を向上させます。

動的フィルタリング
SQLクエリエンジンであるプレスト(Presto)は、ビッグデータ解析に分散エンジンを活用しています。クエリのデータ要求を分析し、複数の「ワーカー」に適切に割り当て、最適なプランを策定します。このエンジンは、大規模なデータセットから小規模なデータセットまで柔軟に対応し、異なるデータソースからデータを収集し、規模の小さいデータソースを識別します。そして、動的にデータをフィルター処理し、大規模なソースから収集した不要なデータのスキャンをスキップします。これにより、異なるソースからのデータを結合する際に、大幅にパフォーマンスを向上させます。

同時訓練
グーグルは単一のディープニューラルネットワークで8つのタスクを同時にトレーニングしました。これにより、画像内の物体検出、キャプション生成、音声認識、4つの言語間の翻訳、文章の解析など、複数のタスクを同時に実行できるようになりました。これにより、同時に複数のタスクをトレーニングし、データの同時訓練と動的フィルタリングを行いながら、高いパフォーマンスが実現されました。

能動学習
アルゴリズムが学習すべきデータを選択するアプローチです。ニューヨーク大学上海校では、この能動学習アルゴリズムを使用して、人間の変化を個別に診断する計算フレームワークを開発しています。このシステムでは、患者の検査結果を即座に評価し、以前の検査結果に基づいて最適な質問を提供します。このAI主導の視力検査システムは、緑内障や白内障など、目に関連する疾患の早期発見と治療に役立つことが期待されています。

連合学習
エッジコンピューティングと組み合わせると、データの使用を効率的に減少させることができます。連合学習では、エッジデバイスがクラウドから機械学習モデルをダウンロードし、ローカルでデータを使用してモデルを訓練し、アップデート情報をクラウドに送り返します。これにより、データを中央に集約せずにアルゴリズムを進化させることができます。特にワイヤレス接続の遅延が問題になる場合に有効です。

ローカルデータ
グローバル企業が地域に密着した商品や顧客チャネルを開発するように、特定の地域の顧客関係を推進するアルゴリズムを訓練する際には、現地で収集されたデータを活用することが重要です。地元のデータはその地域の文化や行動傾向を反映しており、企業の販売戦略向上に役立てることができます。

合成データ
大手IT企業とは違い、スタートアップ企業や研究機関はアルゴリズムを訓練する ために必要なデータにいつでもアクセスできるとは限らない。だが、合成データ(実際 のデータを模倣してコンピューターが生成した人工的な情報)があれば、新たな状況にどう 反応すればいいのかをAIシステムに教えられる。つまり、合成データはスタートアップ企業と大手IT企業との競争条件を平準化する役割を果たす。 起業間もないスタートアップ企業のアイファイは、この合成データを使いアマゾン・ゴーのようなレ ジ不要の小売店システムを開発している。だがIT大手も、データの民主化を黙って見ているわけではない。アルファベット社は、合成データを利用しながら、自社が開 発する自動運転車ウェイモにシミュレーション環境で毎日480キロメートル以上の 距離を走らせ、現実世界に投入する前の機能検証を行っている。


第3章:専門性 機械学習からマシン教育へ


人間がマシンを教育する新たな世界において、最終的にAIから競争優位を最大限に引き出 す役目を果たすのは、データサイエンティストでもコンピューターエンジニアでもAIベン ダーでもない。それらの役割が今後も重要であることに変わりはないが、本当の意味で企業に 差異をもたらすのは、企業内の特定分野の専門家たちである。トップダウン型のAIが切り開 く新たな可能性を中心にビジネスプロセスを再考する際に、マシン教育を重視すれば、企業の あらゆる階層の従業員が持つ専門性を開放し、その価値を大幅に高めることが可能になる。

長らく、AIに取り入れるのが難しいと考えられていた人間の専門性には3つの領域が含まれます。それらは職業経験、共同の社会的経験、そして各個人の経験(先天的および後天的な能力)です。ハーンダンの場合、これらの要素はプロのミュージシャンとしての実績、民族的伝統やコーラスの社会的背景、そして彼自身の作曲能力に該当します。これらの要素を機械学習と組み合わせることで、他のミュージシャンが真似できない、非常に特異で本物のイノベーションが生まれたと言えるでしょう。

第3章で示されたのは専門性の新たな段階です。これは、人間がマシンを訓練するだけでなく、指導する段階でもあります。機械のボトムアップの経験に限らず、人間のトップダウン型の専門知識を活用し、AIに自然な知識を直接伝えるものです。マイクロソフト社のビジネスAI担当副社長であるガーディープ・シン・ポールは、「機械学習はデータ内のパターンを見つけるアルゴリズムに過ぎませんが、マシン教育は人間の専門家から機械学習システムへ知識を伝えるものです」と述べています。

マシン教育はエクスペリメンタル・テクノアートポップといった音楽ジャンルに限らず、企業や研究機関がAIにアプローチする際に、職業的、社会的、個人的な経験の役割に焦点を当てていることを示しています。実際、自社の価値創造システムに人間の職業経験を組み込む新しい方法を模索しています。さらに、自然言語処理、消費者意識、および他の知識に関しても同様のアプローチが探求されています。


より公立的な知識の伝達
フランスのブルターニュ地方にある、プレスト大学病院と同大学医学部とブルターニュ国立電気通信学院が共同で競技会を実施しました。この競技会では、侵襲白内障手術の各段階で外科医が使用するツールを、医療用画像診断システムがどれだけ正確に認識できるかが競われました。

これからは、以前よりもはるかに少ないデータでシステムを構築し、専門家の知識を組み込むことが可能になります。これは、大量のデータを必要とするAIから、データ効率の良いAIへ、ボトムアップで構築されたシステムからトップダウンで問題を解決するシステムへの転換を意味します。

競技会の勝者は、わずか50本の白内障手術動画で6週間の訓練を受けただけのAI機械視覚システムでした。有名な外科医による手術の動画が4本、経験が1年しかない外科医による手術の動画が1本、インターンによる手術の動画が1本しかありません。ツールを正確に認識できるシステムが存在すれば、手の手順を詳細に分析し、改善策を見つけることができます。このシステムは、手術中の外科医の判断をリアルタイムで支援する役割を果たす可能性も考えられます。

組織内の専門性を活かす
今後は、前著『人間+マシン』で挙げた6種類の人間とマシンのハイブリッド活動にマシン 教育が加わり、AIは人間の指導を受けながら、さらに力強いイノベーションの原動力になる だろう。また、機械学習からマシン教育へというより人間的な方向への転換により、「ミッシン グ・ミドル」の領域が注目され、人間を中心としたやりがいのある多種多様な仕事が新たに生 まれるだろう。だが、企業にとって何より重要なのは、マシン教育によりそれまであまり活用 されてこなかった専門性が組織全体に開放され、これまでよりはるかに幅広い洗練された新た な方法で従業員がAIを利用できるようになることだ。 マシン教育は、テクノロジー面での後れを取り戻すだけではない。ビジネスの状況に合わせ てカスタマイズが可能なため、本当の意味でのイノベーションや強みを生み出してくれる。教 師あり学習を計画しているが、機械学習アルゴリズムを訓練するラベルつきデータが足りない、 あるいは存在しないという場合には、マシン教育は極めて有効だ。業界や企業にはそれぞれ固有のニーズがあるため、必要なデータが揃わない場合が多い。

企業がシステムからも知識労働者からも最大の価値を引き出すためには、AIの専門家だけ でなく非専門家がマシンと関わり合う方法も再考する必要がある。まずは、ほかの特定領域の専門家にデジタルフルーエンシー(デジタル活用力を身につけさせ(これについては第6章で取り 上げる)、その専門性を企業のプロセスやテクノロジーと効率的に組み合わせる。 このデジタル フルーエンシーがあれば、AIをビジネスに応用する独創的な方法を考案することも可能だ。 また、企業はその一方で、組織内のあらゆる階層の従業員が専門家になり得ることを認識すべ きである。 前述した医療コーダーのように、従業員がAIを活用すれば、低レベルの退屈な仕 事を高い価値のある知識労働に変え、従業員のエンゲージメントを深め、データサイエンティ ストの負担を軽減することができるのだ。

AI技術はまた、人間の集団の知識を簡単かつ効率的に活用するのにも役立ち、競争優位を 確立する新たな可能性を企業にもたらしてくれる。 それは、テスラ社のような業界大手から BDG社のようなファッション誌の出版社まで、どんな企業にもあてはまる。 市場調査により 消費者のニーズに関する実証的なデータを収集する方法と、市場が自社の製品やサービスをど うすればいいのかを直接教えてくれる方法とを比較してみるといい。
さらに、機械学習のプロセスに人間をまるごと介在させ、人間の先天的・後天的能力をAI システムに直接教えることをためらってはならない。例えば、ロボットのパイロットや人間の 翻訳者に頼らなければならないのは、AIの失敗を意味しているわけではない。それはむしろ、 人間とマシンを最高かつ最良の状態で活用することを意味している。人間は、言葉では表現で きない知識に関する無数のニュアンスを教え、マシンは、人間には達成できない効率を提供する。人間とマシンがミッシング・ミドルで出会い、両者の能力を力強く融合させるというのは、 そういうことだ。間もなくミッシング・ミドルはミッシングでなくなり、ミッシング・ミドルが見過ごされていた時代が終わる。

第4章:アーキテクチャ レガシーシステムからリビングシステムへ


レガシーシステムから離れる

リビングシステムは、レガシーシステムとは異なる形でITを利用する。それは、境界がな く、適応性が高い、人間の本質に迫る革新的なシステムである。リビングシステムには境界が ない。ITスタック内の壁も企業間の壁も打ち破り、クラウドベースのプラットフォームを利 第4章 アーキテクチャー 用してネットワーク効果を生み出す (コラム「プラットフォームの役割」を参照)。また、リビング システムは適応性が高い。レガシーシステムをクラウドに移行させることで、システム間の依 存関係を低減させ、スピードや効率を高め、組織内の人材が持つ人間の知能(ヒューマン・インテリジェンス)を活用し、進化していく顧客のニーズに応える。
そしてさらに、リビングシステムには人間の本質に迫る革新性がある。アジャイル手法、複 雑な人間の知能、機敏なデータ戦略を活用して、洞察や信頼のおける体験を提供する。このよ うなシステムは、縦割りのサイロ的な組織構造を超えて従業員を結びつけ、組織内のビジネス 人材やIT人材、およびエコシステム・パートナー企業を一体化させ、革新や共創を促進する。

デジタルカップリング
多くの企業の場合、リビングシステムへの旅路は、デジタル・デカップリング(バックエンド 基幹システムを残しつつ、 フロントエンドをデジタル化していくアプローチ」から始まる。 つまり、 新たなテクノロジー、新たなデータアクセス法、新たな開発手法を利用して、レガシーシステ ムと並行して稼働する新たなシステムを構築するのである。 これには、オープン・アプリケー ション・プログラミング・インターフェース (open API)、 開発側と運用側が連携してアジャイ ルな開発をする DevOps (デブオプス)、クラウドへの移行 (Cloud Migration Factory)、 マイクロ サービス(小さな独立した複数のサービスでソフトウェアを構成するアプローチ]、ロボットによりプ ロセスを自動化するロボティック・プロセス・オートメーション (RPA)などが含まれる。 こ のいずれもが柔軟性を向上させる。 これらのアプローチを使えば、企業は徐々に自社のコアシステムを切り離し、顧客向けの重 要な機能やデータを、サービスベースの新たなプラットフォームに移行していくことができる。 また、硬直的なアーキテクチャでは周期的に大規模なITのトランスフォーメーションが必要 になるが、デカップリングなアプローチであれば、 アーキテクチャは安定するとともに絶えず進化し、イノベーションに適応することも、変わり行く市場の状況や競争環境に合わせて迅速に規模を拡大縮小することも可能だ。

デジタル・デカップリングではまず、レガシーシステムのデータを「データレイク」に移行 する。データレイクとは、構造化されているかどうかにかかわらず、あらゆるデータをそのま ま格納できる一元的なデータの収納庫である。一方、「データウェアハウス」は、取引システム や業務用アプリケーションから来るリレーショナルデータを解析できるように最適化したデータ倉庫を指し、業務状況の報告や分析のための、真実を伝える唯一の情報源となる。

データレイクを使えば、ダッシュボード、可視化、ビッグデータ処理など、さまざまなアナ リティクスを実行してより良い意思決定を促すことができる。ゴールドマン・サックス社は、 この仕組みを利用して「マーキー」という新たな銀行プラットフォームを構築している。取引・ 市場調査・電子メールに関するデータを即座にデータレイクに引き込み、それに機械学習ア ルゴリズムを適用して洞察を引き出すシステムである。
データレイクの価値をフルに活用する決め手となるのは、効果的なアプリケーションである。 それを使って、 データレイクにある膨大な量の構造化データおよび非構造化データを検索・解 析し、そこから洞察を得るのだ。 データレイクに適切なアプリケーションを組み合わせれば、 幅広い新たなビジネス用途にデータを利用できる。例えば、契約書やコンプライアンス文書を メタデータに基づいて横断検索すれば、コンプライアンス違反を防ぎ、 法的リスクを回避する ことが可能になる。また、金融サービス企業の場合、異なる企業や顧客のデータを安全に1つ にまとめれば、ビジネス上の問題を解決し、コンプライアンス違反を防ぎ、不正を検知し、内部脅威のリスクを最小限に抑えることができる。

クラウド連続体
アほとんどのITアーキテクチャは、クラウドを利用しなければリビングシステムにはなれかい。アクセンチュアがおよそ4000のグローバル企業やIT先進企業を対象に実施した別の調査 によれば、回答企業のおよそ150パーセントが、 クラウドへの移行により、平均して10パーセント近いコスト削減が出来たという。
だがこの調査では、新たに驚くべき事実も明らかになった。調査の対象になった少数の企業 (地域により異なるが、回答企業の12~15パーセント)が、クラウドでのイノベーションにより、パ ンデミックによる世界的混乱の中でもかなりの利益をあげている。 例えば、 これらの企業はほ かの企業に比べ、知識労働を抜本的に見直している割合が2~3倍も高い。また、クラウドを 利用して2つ以上の持続可能な目標に取り組んでいる割合が3倍近く高い。 さらに、 業績指標の改善を目指しているという。




第5章:戦略 もはやすべての企業がテクノロジー企業


戦略ほど人間が中心になる分野はない。 違いを生み出せるかどうかは、 人間 (特に 経営幹部)の想像力に左右される。 経営幹部は未来を切り開いていく責任がある。 その未来では、 人間の本質に迫る革新的なテクノロジーが競争の条件となり、 テクノロジー先進企業と後進企 業の差がさらに開くことになる。 どんな業種であれ、もはやあらゆる企業がテクノロジー企業 であるというのは、そういう意味だ。 どんな企業のCEOも、テクノロジー企業のCEOにならなければならない。 
 だが、そこには難題がある。今では、テクノロジー、ビジネス戦略、実行が、ほとんど区別 できないほど密接に結びつくようになった。これら3つの要素は、ほぼ同時に進化している。 人間の本質に迫る革新的な知能、データ、専門性、アーキテクチャへのアプローチにより、柔軟性や機敏性が高まっているからだ。 ITと戦略と実行の一体化はもちろん、突如として起き たのではない。それは段階を追って起きたのであり、各段階はその時代特有のテクノロジーや ビジネス戦略により特徴づけられていた。

それは、フォーエバー・ベータ、ミニマム・パイアブルIDEA(MVI)、コラボの3種だ。 この3つの戦略は、企業にも顧客にも多大な利点をもたらす。 フォーエバー・ペータ戦略では、 PART1 イノベーション IDEAS のカ ソフトウェアをベースにした製品やサービスを提供し、 購入された後もそれを絶えず進化・発展させることで、製品やサービスの価値や有用性を時間とともに低下させるのではなく向上さ せていく。MVI戦略では、 IDEASフレームワークの1つあるいは複数の要素を取り上げ、 伝統的産業の弱点にターゲットを絞って優れた顧客体験を生み出し、それを速やかに発展させ ることで迅速な市場参入を図る。 コラボ戦略では、人間が主導するマシン駆動型の発見を通 して科学などの知識集約的な環境で優れた成果をもたらす。

戦略1 フォーエバーベータ

テスラ社は、車とつながるクラウドやエッジを通じて性能を監視し、遠隔診断や遠隔修理を 実施する。例えば、時々過熱するなど、モーターに問題があると診断されれば、すぐさまソフ トウェアのパッチで対応する。「専門性」や「マシン教育」を扱った章でも述べたように、テス ラの車はテスラとフィードバックループを形成し、絶えず運転や走行に関する情報をやり取 りしており、その車を誰かが運転するだけで、テスラのニューラルネットワークが訓練される 仕組みになっている。その結果、車の所有者は車の価値や有用性が絶えず向上していくのを体 験できる。
この体験は、顧客が製品の有用性やほかの製品との差を判断する重要な要素になる。 テスラ の顧客は事実上、新たに機能を向上させたベータ版の利用者になるという特権を有しているの である。この戦略により、テスラは2020年代に入る頃には年間生産台数が50万台にも満た ないのに、総利益、売上成長、長期的な株主価値において世界一の自動車メーカーになった。 顧客が持つ製品の価値や有用性を絶えず高めているという点では、サムスン社も同じである。 同社は「SmartThings」 というアプリで異なる企業のコネクテッド製品を統合し、テレビや冷蔵庫などの一般家電の機能を常に拡張している。

戦略2 ミニマムバイアブIDEA

レモネード社の創業者のシュライバーとウィニガーは、保険業界についてごく一般的な知識しか持っていませんでした。そこから始めるために、まずは保険業の仕組みについて考えました。従来の保険業のビジネスモデルには、大量の書類作成、古い官僚的な事務プロセス、面倒な保険金の交渉、保険会社と顧客との相互不信などの問題がありました。これらの問題を解決するため、2人はAIを会社の中心に据えることを決めました。ただし、既存の保険会社に先進テクノロジーを提供する「保険テクノロジー」提供会社にはならず、むしろ垂直統合された保険会社を目指しました。同社は次のように述べています。「仲介や官僚的な手続きの仕事をチャットボットや機械学習に委任し、文書業務の完全廃止など、あらゆる業務の即時化を目指す」と。業界は広範な顧客から不評でしたが、レモネードはAIチャットボット、機械学習、クラウドを組み合わせ、従来の保険会社が持つ負の特性を正確に把握し、独自の方法で対処しました。実際に、レモネードの保険金請求プロセスを見てみましょう。保険の契約者は、アプリの「請求」ボタンをタップして、マヤという名前のチャットボットに何が起こったのかを伝えるだけです。書類の記入は不要で、電話で待たされることもありません。これにより、効率的で顧客中心の保険体験を実現しています。

戦略3: コ・ラボ戦略

例えば、イギリスのスタートアップ企業エクセンティア(Exscientia)を取り上げてみましょう。この企業は、ケンタウロス・ケミストという名前のAIプラットフォームを開発しています。この名称は、元チェスの世界チャンピオンであるガルリ・カスパロフが提唱した「ケンタウロス・チェス」に由来しており、これは人間がコンピューター・テクノロジーの支援を受けながらチェスをプレイするスタイルを指します。同様に、ケンタウロス・ケミストも、マシンが人間を支えるが、最終的な主導権は人間にあるというアプローチを採用しています。

このようなアプローチにより、専門家とマシンが協力することで単独行動よりも優れた結果が生み出されます。ある企業の科学者は、東京のイギリス大使館で開催された会合で次のように述べています。「人工知能が化学者に代わることは今後もない。ただし、AIを使わない化学者はいずれ、AIを使う化学者に取って代わられることになる。」 この戦略は、マシンの能力を活用しながらも人間主導の高効率な科学を追求する企業によって推進されています。自動化された機械学習により退屈な作業から解放され、高度な知識を最大限に活用できる専門家や知識労働者は、これらの強力なテクノロジーを基に生産性を大幅に向上させ、価値を何倍にも増大させ、競争力を高めることができます。戦略3: コラボレーションは、人間とマシンの両方から最高の能力を引き出すためのプロセスを設計します。


デジタルリテラシーからデジタルフルーエンスへ


経験豊かな競合企業から、デジタルトランスフォーメーションに尽力する老舗企業まで、賢明な企業はスキル不足を克服するプログラムを設けています。かつては人事部のみが責任を負っていた業務は、今では PART2 人間の本質に迫る未来を考えるために、テクノロジーの進化がますますスピードアップする中、従来の仕事や役割は驚くほど速く時代遅れになっています。アクセンチュアがパンデミック前に行った調査では、8300社以上の企業が対象で、従業員を再訓練しなければならないと回答しており、IT関連の従業員のスキルの3パーセントと、非IT関連の従業員のスキルの半分近く(パーセント)が3年以内に時代遅れになると示唆されています。したがって、2回目の調査では、経験学習を採用する先進企業が後進企業の3倍以上に増加しており、実習・見習いプログラムも先進企業が後進企業の2倍以上に増加しています。さらに、AIや高度な分析テクノロジーを活用して、学習を個別にカスタマイズし、スキルの需要を予測し、従業員に必要なスキルと適切なトレーニングを提供する企業も増加しています。デジタルリテラシーからデジタルフルーエンシー(デジタル活用力)への移行が重要であり、民主化の重要性を理解した企業は、再訓練の重要性を認識しています。


第7章:信頼 極めて根源的な人間の本能に訴える


極めて個人的な意味で、人間は信頼の問題にとても敏感です。新型コロナウイルスによるパンデミックが始まって以来、世界中のほとんどの人が、家族を含め、自分と接する他人に対する信頼性を考える必要がありました。マスクの着用の有無によって、他人が自分の幸福をどれだけ気にかけているかが見てわかるようになりました。

こうした懸念は、個人から企業や組織にも広がりました。レストラン、小売店、劇場、ホテル、航空会社、美術館、博物館、学校など、新型コロナウイルスへの対策がどれだけ信頼できるかが問題となりました。同様に、ワクチンやワクチンメーカーについても信頼性の問題が浮上しました。しかし、一方では、事実や証拠、科学を無視し、真実を軽視する公の議論が信頼を損ないつつあるのも現実です。

ビジネスの世界でも、2008年の世界的な金融危機や多くの企業による顧客データの大規模漏洩など、信頼に関する問題が根源的な人間の本能に訴えかけています。

人間の本質に迫り、自身の安全を保つために措置を講じる必要があるかどうか、また何らかの措置が必要になるかどうかを考える。数十年前から、社会心理学者たちはこの問題に取り組んできました。私たちの祖先は、他人に対する判断を迅速に行う能力を、人間社会で生き抜くために無意識のうちに磨いてきました。具体的には、他人の意図や危険性を判断する能力(自分が助けられるのか、危害を加えられるのか)と、その他人がその意図を実行する能力を判断する能力があります。社会心理学では、前者を「あたたかさ・友好度(Warmth)」、後者を「有能さ(Competence)」と表現しています。

現代人が抱く不信感の大半は、本書で議論されているテクノロジーに起因しています。実際に、私たちは他人をこのように即座に判断し、友好的で有能だと判断された人に信頼を寄せます。したがって、プリンストン大学の教授であり、この研究を創始したスーザン・T・フィスクは、ブランドの専門家であるクリス・マローンと共同で、私たちが企業に対しても同様の評価を行うかどうかを調査しました。その結果、世界的に有名な4つの企業を対象に行われた10の調査により、次の事実が明らかになりました。「企業やブランドも、友好度と有能さという評価軸に従って評価され、顧客の購入意欲、ロイヤルティ、ブランドや製品の他人への勧めに関する50%以上がこれに基づいている」ということです。要するに、信頼は最も根本的な差別化要因の1つです。

デジタル時代の信頼に欠かせない5つの要素

それは人間性、公平性、透明性、プライバシー、セキュリティである。

・人間性:信頼出来る体験

現代では、完全にデジタル化された生活を送っていますが、AIを活用したプラットフォーム、デバイス、ウェブサイト、ビジネスシステム、オンライン公共プロセスに対する信頼感や不信感には、個人差があります。AIを活用したシステムへの信頼を高める方法の一つは、人間的な要素との接点を確立することです。

例えば、オンライン保険会社のレモネードでは、カメラ越しに損害を報告する顧客が直接コミュニケーションし、保険金の支払いや必要に応じて人間の担当者への転送が行われます。エッツィ社では、AIが提案する製品の選択に人間の美的感覚を組み合わせて、顧客体験を向上させています。また、多くの企業では、人間的な要素が目に見えないかもしれませんが、それが企業の成功に不可欠な役割を果たしています。人間的な要素が信頼を築くのです。

次なる課題は、機械が他の機械や人間と「協力」する方法を学ばせることです。2021年には、AIの専門家たちによって「協調型AI」という新たな分野が探求され、AIが協力関係を築く方法について研究が進められました。これによって、信頼を築くための人間性がさらに強化されました。

人間の本質に迫る革新的な特色をマシン知能に与えれば、システムは人間に置き換わるもの ではなく人間の能力を拡張してくれるものだという信頼感を人間が抱く可能性は大幅に高まる。 人間の基本的な良識をマシンに組み込むことで、その信頼性は著しく向上する。

・公平性:AIの偏見を取り除く

視覚認識システムは、主に白人のサンプルで訓練されたため、肌の色が濃い人々を区別するのが難しいことが明らかになっています。特に肌の色が濃い女性を識別するのはより難しいとされています。ジョージア工科大学の研究によれば、自動運転車で使用される物体検知システムも、肌の色が白い人々を検知しやすいというバイアスがあると指摘されています。これは肌の色が濃い歩行者に対する危険性を引き起こす可能性があります。

性別に関するバイアスも存在します。あるオンライン翻訳プログラムは、特定の文章をトルコ語に翻訳し、再び英語に戻すと、意味が変わってしまうことがあります。また、主に男性のデータで訓練された医療画像診断システムは、女性の患者に対して不適切な治療を提案する可能性があることが報告されています。

さらに、単語埋め込みアルゴリズムはオンライン情報からテキストを取り込む際、社会的な偏見を含めて取り込むことが明らかになりました。一例として、GPT-3というAIアルゴリズムは、詩や物語を書く能力に優れていますが、時に誤った情報を提供することがあります。

これらの偏見や誤った情報によって、無実の人々が誤認逮捕されるなどの深刻な問題が生じています。公平性を確保し、AIの偏見を取り除くことが重要です。

一極めて根源的な人間の本能に訴える 第7章 信頼 多様性や包摂性を担当する経営幹部が証言しているように、偏見や不公平を根絶するのは実 に難しい。偏見は意識されないことも多く、目に見えないほどプロセスの奥深くに組み込まれ ている場合もあり、知らぬ間に作用する。実際、AIがこの問題を簡単に解決してくれるという当初の考えは甘かったことが証明されている。だが、最近になってバイアスの検知能力が向 上していることを考えれば、信頼に欠かせない公平性を実現するには、AIを放棄するのでは なく、むしろもっとAIを活用すべきだろう。


・透明性:ブラックボックスの中を覗く

信用限度額を含む夫婦共有の情報が、アップル社のアルゴリズムによって判断される中で、その判断に疑念を抱いていることが明らかになりました。夫婦共有で所得税申告を行っているにも関わらず、信用限度額に大きな差が生じている状況は問題視されました。こうしたシステムの不透明性は、特に業界を問わず、企業の経営陣によって説明能力の向上が強く求められています。非技術系の管理者もデータサイエンティストも、アルゴリズムの判断プロセスや論理を理解できることが重要視されています。

企業全体でAIアルゴリズムが採用される中で、アルゴリズムの判断プロセスが透明になれば、倫理的な違反や規制違反を防ぐのに役立ち、ステークホルダーに判断の正当性を証明するのに役立つでしょう。透明性の問題には説明能力が中心にあり、これは一般的に「ブラックボックス」問題として知られています。特にディープラーニングを使用するシステムは非常に複雑で、特定の結論に至るプロセスを説明することが難しいことがあります。しかし、新しいアプローチが受け入れられるようになりつつあり、アルゴリズムの判断プロセスが明示的に理解できれば、公平性の問題に対処するのに役立つでしょう。

アップルは2019年にも、この問題について非難を浴びました。特定のソフトウェア開発者がTwitter上で、アップル社の取り扱いに不満を表明したことで、透明性の問題が浮き彫りになりました。

DARPAが開発を進める説明可能なAIには2つの主要な目標があります。まず第一に、機械学習モデルが時折予測不能な行動をとる理由を理解することです。そして、第二に、AIシステムが自身の判断を人間に伝える能力を向上させることです。この取り組みを率いるプログラムマネジャー、デイヴ・ガニングによれば、説明可能なAIは「ローカル」な説明と「グローバル」な説明を提供できるようになることを期待しています。"ローカル"な説明は個々のAI判断の理由を明らかにし、"グローバル"な説明はモデルの全体的な論理を示します。

DARPAは現在、ドローン操作や情報分析に役立つディープラーニングシステムの解釈を支援するプログラムに資金を提供しています。他の大企業も、機械学習システムの内容を監査しやすくするために投資を行っており、例えばIBMは、AIの判断根拠をユーザーに伝えるためのクラウドベースのAIツールを開発しています。このツールにより、内在するバイアスなどの問題もリアルタイムで特定できる可能性があると期待されています。

説明可能なAIの開発は政府レベルでも進行中であり、米国国防高等研究計画局(DARPA)もその一環です。

解決策の1つは、「複数のディープラーニング」にあるとガニングは言う。第一のディープ ラーニングシステムは所定の判断を行なうよう訓練し、第二のディープラーニングシステムで 説明を生み出すのである。そのようなアプローチを採用するかどうかはともかく、製薬から工 場の操業まで、あらゆる事業に革命をもたらしつつあるテクノロジーへの信頼を築く上で、説 明可能なAIは極めて重要なものになるだろう。

・プライバシー:基本的人権


iPhoneは、非常に高性能なデータ収集・保持デバイスであり、通常のスマートフォンとは異なり、私たちの行動やデータに関する膨大な情報を収集します。しかし、AppleはiOSの新バージョンごとに、ユーザーのプライバシーを重視し、サードパーティによるデータ収集を制限する機能を向上させてきました。

たとえば、AppleのブラウザであるSafariは、デフォルトでサードパーティのクッキーをブロックする最初のブラウザでした。また、Safariはウェブサイトがユーザーのカメラやマイクにアクセスする際にはユーザーに許可を求める機能を提供しています。AppleのCEOであるティム・クックは2015年に「プライバシーは基本的人権である」と述べ、同社はその価値観を新製品の開発にも反映させています。広告追跡の防止など、プライバシー保護に関する機能も継続的に強化されています。

iOS 12では、プライバシー保護機能が強化され、広告主のトラッキングソフトウェアがデバイス固有の情報を収集できないようになりました。さらに、iOS 13では、セキュリティ機能も向上し、プライバシーに関する独自の機能が追加されました。

Appleのデバイスのプライバシー機能は、同社のイノベーション戦略を反映しており、写真アプリなどのアプリケーションでもその優れたプライバシー保護が実現されています。デバイス内の「Apple Neural Engine」を使用して、写真の処理や認識をクラウドに頼らずに行うことができます。このチップは、写真ごとに膨大な演算を行い、デバイス内で顔や場所を認識する能力を提供しています。


・セキュリティ:信頼と同じように脆い安全性


一般的に、サイバー脅威に関する情報は、IPアドレスのブラックリスト、マルウェアのシグネチャ、悪意あるフィッシングサイト、弱点に関するリスト、不正アクセスが疑われるIPアドレスなど、セキュリティ侵害の指標(IOC)や、サイバー攻撃の指揮統制(C2)ドメインなどのデータが含まれます。しかし、リテッシュによれば、これらの情報は事後にしか分からないものです。テクノロジー情報サイト「チックターゲット」にも、「予測に利用できない情報は情報ではない」との記載があります。

リテッシュのアプローチは、予測的な情報収集に焦点を当てています。そのアプローチは、特定の名称や地理的な位置が言及された場合、仮想エージェントを介してその情報を収集し、クラウドベースのAIプラットフォームに送信することに基づいています。このような方法で、人間のサイバーセキュリティ専門家が予測解析を活用して、サイバー攻撃の情報を収集できます。

一例として、ゴールドマン・サックスが支援するスタートアップ企業であるサイファーマを挙げてみましょう。クマール・リテッシュ率いるこの企業は、予測解析を活用してサイバーセキュリティに取り組んでおり、仮想エージェントを使用して地下のフォーラムなどで進行中のサイバー攻撃計画に関する情報を収集しています。これにより、セキュリティを向上させる際に予測的な情報を活用できる可能性があります。

サイバーセキュリティ市場は毎年10パーセントの成長率で拡大しており、リテッシュは高度に差別化した製品やサービスを提供することで競争に成功できると考えています。サイファーマ社は、地下コミュニティでのサイバー犯罪者の会話に耳を傾けることで、情報を収集するために数百もの仮想エージェントを開発しました。これらのエージェントは、会話の内容を監視し、可能な限り情報を抽出します。消費者が企業のセキュリティへの信頼を喪失する理由はさまざまです。多くの企業はセキュリティを強化し、事後対応に頼りすぎており、これでは対策が不十分で手遅れになる可能性が高まります。サイファーマ社は、この問題に取り組み、企業データの完全性を保護するために、より積極的かつ攻撃的なアプローチを採用しています。

幸いなことに、一部の有望なAIテクノロジーを活用することで、セキュリティを企業価値提案の重要な要素として位置づけることができます。例えば、ゴールドマン・サックスが支援するスタートアップ企業であるサイファーマをご紹介しましょう。クマール・リテッシュが率いるこの企業は、予測解析を用いたサイバーセキュリティに取り組んでおり、仮想エージェントを活用して地下のフォーラムなどで進行中のサイバー攻撃計画に関する情報を収集しています。これにより、人間のサイバーセキュリティ専門家が脅威を検出し、AIモデルの訓練を行います。このアプローチは、大量のデータを使用せず、人間の知識に重点を置いたデータ効率の高い方法です。

一般的に、サイバー脅威に関連する情報には、IPアドレスのブラックリスト、マルウェアのハッシュ値やシグネチャ、悪意のあるフィッシングサイト、脆弱性に関するリスト、不正アクセスが疑われるIPアドレスなどのセキュリティ侵害指標(IOC)や、サイバー攻撃の指揮統制(C2)ドメインなどのデータが含まれます。しかし、リテッシュによれば、これらの情報の大半は事後にしかわからないものです。テクノロジー情報サイトでは、「予測に利用できない情報は情報ではない」とも述べられています。

サイバーセキュリティ市場は毎年10%の成長率で拡大しており、リテッシュは、高度に差別化した製品やサービスを提供することで競争に成功できると考えています。サイファーマ社は、地下コミュニティでのサイバー犯罪者の会話に耳を傾けるために数百もの仮想エージェントを開発しました。これらのエージェントは、会話の中で言及される名前、業種、地理的な位置などを調査し、情報を収集します。



第8章:体験 人間の本質に迫るデザインが力を発揮する


人間中心的なデザインと従来のエンジニアリングの違いは、本質的に人間に焦点を当てているかどうかと言えます。ただし、エンジニアリングの効率性を非難するつもりはありません。これまでの数世紀にわたり、テクノロジーの進化はエンジニアリングの基盤でした。ただし、このアプローチでは人間性が度外視され、魅力のない体験や共感のない体験が主に生み出されました。

従来の硬直的なシステムでは、人間はテクノロジーに合わせざるを得ませんでした。しかし、現代のAIを大規模に活用するリビングシステムでは、テクノロジーが人間に合わせます。人間中心的なデザインは、例えばNASAのケースで見られるように、「立ち止まってコーヒーの香りを楽しむ」機会を生み出し、より人間らしい体験を提供します。

人間中心的なデザインは、人間の本質に寄り添い、顧客や従業員に新しい可能性をもたらします。多くの企業は、この事実を認識し、最近、1550人以上の経営幹部(そのうち25%はCEO)を対象に、顧客体験についての調査を行いました。調査の結果、7%の回答者が、将来的には顧客との関与やコミュニケーションの方法を根本的に変える意向を示しています。

最近の企業は、人間の本質に迫るデザインを通じて革新的な体験を提供し、従来の顧客中心のアプローチに縛られず、従業員体験を含む幅広い体験に焦点を当てることで、競合他社との明確な差別化を図っています。このアプローチにより、顧客と従業員の体験を改善するだけでなく、収益の向上にも貢献しています。アクセンチュアの調査によれば、幅広いアプローチを取る企業は、平均して同業他社と比較して6倍以上の収益増を実現しています。

このアプローチの実現には、3つの要素が重要です。それは、リプラットフォーミング(プラットフォームの再構築)、リフレーミング(視点の転換)、リーチ(到達範囲の拡大)です。

リプラットフォーミングは、企業のIT機能を改善し、クラウドテクノロジーを積極的に活用することを意味しています。クラウドの計算能力と柔軟性を利用することで、ゲーム、自動運転、顧客とのコミュニケーションなど、さまざまな領域で体験の規模を拡大し、体験の品質を向上させることができます。クラウド/エッジ・アーキテクチャを採用することで、体験の媒体となるプラットフォームを効果的に構築する準備が整います。

スマートフォン、スマートスピーカー、スマートカーなどのエッジデバイスは、クラウドの計算能力と結びつけられます。アクセンチュアの調査によれば、現在の先進企業の中で、新たなデジタル能力を迅速に取得・提供できるのはわずか3%です(後進企業はわずか25%)。これは、適切なプラットフォームがなければ実現困難です。

リフレーミング(組織の再構築)は、テクノロジーに対する組織の視点を変えることを意味します。テクノロジーはもはや、効率的な取引や顧客との円滑な接触を促進するだけのツールではなく、イノベーションを推進する力として位置づけるべきです。例えば、クラウドプロバイダーが提供するプログラムを通じて、非技術系の従業員も革新的な顧客体験や社内プロセスを考案できるようになります。これにより、従業員に自己主導性とスキルを提供し、労働体験を向上させることが可能です。アクセンチュアのテクノロジー調査によれば、先進企業は後進企業よりもイノベーションへのIT予算の割合が多く、イノベーションへの投資を加速させています。同様の傾向は躍進企業にも当てはまります。躍進企業は、パンデミックの間に急成長した元々の中堅企業を指します。

リーチ(範囲拡大)は、従来のビジネス上の優先順位を超えて、異なる顧客・従業員体験や新たな価値提案に注力することを意味します。体験において差別化を図る企業は、単に「カスタマージャーニー」(顧客が製品やサービスに初めて関心を抱き、購入契約を経て、企業に心を寄せる過程)を円滑に進めることだけを考えているのではありません。社内外で魅力的で意義深い体験を提供することで、それ以上の価値を生み出すことを目指しています。リプラットフォーミングとリフレーミングは、体験を差別化するために不可欠な要素です。一方、従来の顧客体験から離れ、より包括的で幅広い体験への移行を追求するリーチは、この分野で競争を選んだ企業に大きな成功をもたらす役割を果たします。

幅広い可能性を切り開く優れた体験には4種類存在します。

力を与える体験、価値のある体験、ニーズにマッチした体験、責任ある体験です。

・力を与える体験


多くの人が、それまで縁のなかった活動や機会にアクセスできるようになったことは、いかに可能性に満ちているかを証明しています。例えば、「障がいを持つアメリカ人法 (ADA, Americans with Disabilities Act)」によりカーブカットが義務づけられると、車椅子を使用する人たちが歩道から車道へ移動するのが容易になりました。しかし、これだけではありません。人間中心のデザインは、しばしばカーブカットのように、最初は特定のグループに利益をもたらすことが示されますが、やがて他の人々にも役立つことが明らかになります。IDEAS(Inclusion, Diversity, Equity, Accessibility, and Sustainability)に基づくイノベーションを組み合わせることで、本当に感銘を与える結果が生まれます。

例えば、カーブカットのように、本来意図されていなかった人々にも利便性をもたらす場面もあります。人間の本質に迫るデザインは、さまざまな体験で力を発揮します。

長時間の運転を安全に行う必要がある日本は、高齢化社会の代表例です。55歳以上の高齢者が人口の30%を占め、以前から高齢ドライバーによる事故が問題視されていました。その結果、多くの高齢ドライバーが自主的に運転免許を返納してきました。2019年だけで、その数は数十万人に上りました。しかし、パンデミックが広がり、公共交通機関の利用が制限されると、運転免許を返納した高齢者の中には、孤立してしまう人々も現れました。

しかし、幸運なことに、企業は高齢ドライバーの安全な長時間運転を支援する車両を開発しています。これにより、高齢者に長距離移動の能力を提供しています。例えば、トヨタ自動車は、高齢者に長時間運転をサポートする車両を開発しています。


・価値ある体験


音楽の作曲やプロデュースにおいて、正式な音楽教育を受ける必要はもはやありません。OpenAIが開発したミューズネットというAIが、人間と協力して音楽を制作する手助けをしています。最初に、ミューズネットにはサンプルデータ、音楽のスタイル、お好みの楽器などを入力します。その後、このAIは数千の音楽ファイルから学んだ情報を活用して、次の楽節や進行を提案してくれます。こうして人間は提案にフィードバックを加え、このプロセスを繰り返すことで新しい楽曲を創り出します。このAIとの協力作業(言うなれば、AIの訓練に使用された音楽を作曲したミュージシャンとの共同作業でもあります)は、若いミュージシャンにとって非常に価値のある経験となります。自身の才能を向上させ、AIの支援を受けることで実現することが難しかった楽曲も制作できるからです。この経験は共同作業の楽しみを提供すると同時に、個人的な成長を促進します。

ハイブリッドな未来
2020年3月、任天堂の人気ゲーム機Switchは前年比で売上が2倍以上に増加しました。この驚異的な増加の一因は、癒やし系ゲーム「あつまれ どうぶつの森」が大ヒットしたことです。
この章で紹介した3つの企業は、最新のテクノロジーとデジタル、またはデジタルと現実のハイブリッドなアーキテクチャを駆使して、顧客に拡張可能な同時体験を提供しています。ペロトン社とオベ・フィットネス社の場合、フィットネスの専門家がリアルタイムで顧客を指導し、…

一方、「あつまれ どうぶつの森」の成功の背後には、2020年のパンデミック中に現実世界がますます危険な場所に感じられ、多くの人々が安全で没入感のある場所を求めていたことがあります。このゲームは、仮想世界を探索し、自分の空間を自由にコントロールできる場所を提供し、多くのプレイヤーにとって逃避とリラックスの場となりました。

同様に、フィットネス講座のストリーミング配信を提供するペロトン社も、2020年に100万人以上の契約を獲得し、売上が172%増加しました。創造的なデジタル世界やフィットネスの専門家による指導を組み合わせたこのような複合的な現実の世界は、価値ある体験を提供します。例えば、ペロトン社は、デジタルと現実が融合するこのフィットネス経験に社交性を取り入れ、利用者が他の参加者を見たり、友達と競争したりする機会を提供しています。同様に、フィットネスのストリーミング配信サービスを提供するオペ・フィットネス社も、過去2年間で会員数を急増させています。このサービスでは、講座の前後に利用者同士が集まり、受講後にリモートでカクテルパーティを開催するなど、ソーシャルな要素が取り入れられています。


・ニーズにマッチした体験

GPSや自動運転機能により、これまで以上に長距離運転が安全になりました。この進歩は重要ですが、同時に新たな課題も生み出しています。例えば、自動運転中に読書などの活動ができるようになりましたが、これが乗り物酔いなどの問題を引き起こす可能性があります。なぜなら、曲がりくねった道路の変化に注意を払う必要がなくなるためです。

そのため、ボルボ社は実験的に、車が曲がったり加速したりする約1秒前に、乗客に音信号を送る取り組みを進めています。この音信号は、自動車のエンジン音に似た、耳に優しい音で提供されます。これにより、車の動きの変化を乗客に知らせ、姿勢の調整を促すことができます。試験結果によれば、この音信号を使用することで、乗り物酔いの発生率が低下したとの報告があります。

人々は道具の製作以来、それを身体やニーズに合わせてより使いやすくしようと努力してきました。古代ギリシャの詩人ホメロスの「オデュッセイア」には、3000年以上前の時代においても、集中管理された船が古代世界全体を航海し、状況に応じて適応できるように記述されています。

自動運転技術はまだ初期段階にあり、一部の問題に直面しているかもしれませんが、ボルボ社はユーザーの快適さを向上させる取り組みが、新しいテクノロジーの受け入れを促進する重要な役割を果たすことを認識しています。将来、ユーザーに合わせてデザインされたテクノロジーがますます重要となるでしょう。
一人間の本質に迫るデザインが力を発揮する。イモーシブル・バーガーの研究者は、わずか5年前には実現不可能だと思われていた偉業を成し遂げました。肉とほとんど区別がつかない植物性のハンバーガーの開発です。その鍵を握るのは、大豆に由来するヘムを含むタンパク質です。遺伝子操作した酵母に大豆のDNAを挿入して、このタンパク質を生み出しました。いわば、ハンバーガーを醸造したのです。しかし、本物の肉のような食感や味を実現する際には、AIに頼って無数の原料の組み合わせから最適な解決策を見つけ出しました。研究者Aの助けを借りて肉そっくりな味を再現するアプローチは、まるで5000もあるピアノを弾くようなものと表現しています。

極めて美味しく、幅広く利用できる植物性の「肉」が普及すれば、社会に多大な影響をもたらすでしょう。その影響の1つが、世界的な炭素排出量の削減です。2019年の調査によれば、イモーシブル・バーガーは従来のビーフバーガーに比べてカーボンフットプリントが8パーセントも少なく、また、水の使用量を5パーセント、土地の利用面積を9パーセント、水質汚染のレベルを9パーセント削減しています。

持続可能性に情熱を燃やすイモーシブル・バーガーの取り組みを見れば、知能やデータ、専門性、戦略が個人のためだけでなく、相互につながり合った共通の生態系を守るためにも利用できることがわかります。責任ある体験とは、収益だけでなくコミュニティや環境も強化する方向へと顧客を促すような、広範囲に利益を及ぼす体験と言えるでしょう。今では多くの人々が、ブランドに対してそのような体験を求めています。実際、消費者の10人中8人は、従来の顧客体験以上に目的が重要だと考えています。企業は長年の間、自社のデジタル環境と顧客との接点のデザインをわずかずつ変更して、ユーザーの行動を促す実験を行ってきました。例えば、ABテスト(一定期間にわたりウェブページの一部分を2パターン用意して、どちらがより効果的かを検証するテスト)を通じて、より良い世界に近づけるために取り組んでいます。

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