【その3】ついに!!(母親編)

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コラム

突然ですが、ついに、ついに~!


母娘関係に対するモヤモヤが解けましたっ!!

(初めて私のブログを読んでくださった方すみません!親子関係について向き合っている内容になります。もしよかったら【その1】【その2】もぜひ笑)


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結論から言いますと、私が長年探していた答えは

【情緒的ネグレクト】



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コレが非常にしっくりきました。

(今の時代、知りたいと思えば様々なツールで、すぐにでも
心理学的・脳科学的な知識が得られて本当にありがたいです。
むさぼるように毎日、楽しんで情報収集しています)



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「ネグレクト」(似た意味の言葉「育児放棄」)を聞いた事がある方は多いと思いますが、

種類があるのをご存知でしたか?




ネグレクト(育児放棄)は子どもに対し、

・食事を与えない
・清潔な状態を保っていない(身体や衣服、住環境など)
・病気やケガの際に病院に連れて行かない

などが挙げられていますが、

他にも種類があることを知らなかった私は、

「うちの場合は当てはまらない」

とスルーしていました。

しかしこの「情緒的ネグレクト」は

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「物質的には充分に与えられているけれど、気持ちを理解してくれない


「目に見える虐待はないのに、生きづらい」

という状態だそうです。


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私が母に「ん?!」と思ったのは小学生の頃に既にあったんです。

母の日やお誕生日に、子どもなりにお母さんに喜んでもらいたいと

プレゼントを用意したり、お小遣いで小物を買ったこともありましたが、

私「お誕生日おめでとう♪」

母「、、ありがと。この歳になると誕生日もう嬉しくないわぁ」
(子どもの気持ちより、自分の気持ち)

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私「(心:嬉しそうじゃないな。あんまり好きな物じゃなかったのかな)」



中学生になって部活のことで相談した時には


母「私には経験が無いから分からない」とピシャリ。。


私「(心:え?あ、まぁそうか、お母さんは体操部じゃなかったもんね。仕方ないか、もうお母さんには部活の相談はしない方がいいんだな)」



それ以来、母ではなく、(とても可愛がってくれた)祖母や、友達に相談するようになりましたが


紆余曲折して私もいよいよ結婚、出産、子育てと

母が歩んできた道と同じ経験をする時期を迎えました。
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ですが、元旦那さんは残念ながら子育てに非協力的で

第一子が生まれて、毎日赤ちゃんと必死に向き合っている間、

自分は子育ては関係ないといった生活ぶりで

自分だけ遊びに出かけてしまうことに対し、

寝不足で限界だった私は、

(心:子育てならお母さんも経験したことだし、きっとお願いを聞いてくれるだろう)

という淡い期待で電話しました。


私「置くと泣いちゃう子で、夜も全然眠れてなくて、旦那さんは休みの日、自分だけ遊びに出かけてばっかりだから、ちょっと電話で、子育てに少し協力してやって、と一言言ってもらえないかな。。」


母「親が余計な口出しして、離婚でもされたら困るわ」


私「・・・・・。」


ものすごくがっかりしました。



自分のお母さんなのに、

経験がないことじゃないのに、

来てほしいじゃなくて、電話するだけでも助けてもらえないんだ私は。。



産後
「私はおばあちゃんなのよ!」と

まだ1ヶ月健診前の赤ちゃんの上着を勝手に脱がせたことに私が物申したことが気に入らなかったのでしょう(腹いせ?苦笑)


(義両親と2世帯住まいで同居でしたが、自分の息子かわいさで、相談すれば私が悪者と経験済みだったので相談しないと決めていました。)



同居して1年後くらいの頃

義両親と暮らし始めてすぐには家に招待出来なかった事情が落ち着いた頃

「遅くなったけどお父さんと来て欲しい」と声をかけた時には

「(今ごろ何よと言いたげに)暑いから行かない」以上。おしまい。

招かれるものと想定していた時期はとっくに過ぎていたのでしょう



義両親はその気で段取りしてくれていましたが、中止しました。

ちなみに母も義両親(私の祖父母)と同居の時期がありました。

嫁の立場は経験あることのはずですが、娘夫婦の事情より自分のプライドが大切だったんだなと残念です。

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・・と思い出せばキリがないのですが、



これは私の推測で、

若い頃は父の日々の不機嫌も、母にしたら

「ただの旦那さんのわがまま。どうせそのうちケロッと直るからいつものこと」

と、合わせ続けるしかなかったんですね、きっと。

それが数十年の間に鬱積して抑えられなくなったのでしょう。

歳を重ねるごとに丸くなるどころかその反対で、

父が倒れて数年間、入退院を繰り返すようになってからの2人きりの生活では

父にとても感情的に爆発してしまうことがあると度々聞いていました。

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ある日、勇気を出して幼少期の気持ちを知ってもらいたいと

私「子どもの頃、お父さんが帰ってくるといつも顔色をうかがって今日は鬼だねって静かにしてたよね」


母「そうだったかしらぁ」

私(心:え?あの空気感を忘れる??)


私「本当はもっと甘えたかったけど、お父さんに甘えられなかったから担任の先生の膝に座ってたんだ」

母「へぇー、知らなかったぁ」

私(心:だけ?!寂しい想いしてたんだなとかない??)



私「お母さんに相談した時、経験が無いから分からない、とだけ言われて、シャッター下ろされたようで悲しかった」

母「うーん、。」

私「(あんまり覚えてなさそうね)」




「お母さんには通じない」

お父さんの表情にはいつもビクビクしてたし、甘えたくても甘えられなくて寂しかったこと、お母さんには気持ちを知って欲しかったけれど、全く伝わりませんでした(◎_◎;)

(↑この「通じない」は「愛着関係がはぐくまれていない」とも学びました。また別の機会にお話したいと思います)


父が施設で生活することになった頃、

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それまで度々、父のお世話の愚痴をこぼしていた母が実家で1人で暮らすことになった時

「こんなに寂しいのに、どうして子どもたちはすぐに来ないの?」

と思い悩んでいたそうなんです。



電話があれば出勤前でも聞きましたし、

父の面会に、子どもたちも連れて母も一緒に揃って行ったこともありました。

でも電話で声を聞けば泣き出し、

出際で支度しながら話していると(ちゃんと聞いてるのか)急に怒り出したり、

待ち合せれば、

感情的な母を前に子ども達が近づかないでいると

「おばあちゃんって寄っても来ない!」

と飛び火が。

今は私が子どもを守る立場なので、

それ以降、会いたがらない子ども達の気持ちを尊重しています。




極めつけは

直近で話した電話の切り際に、

母「もう少しこの建物が高かったらよかったのに」

私「・・?・・え、飛び降りてたってこと?」

母「この高さじゃケガするだけでみっともないし」

私「それって脅しじゃない?!子どもにそんなこと言うのダメだよ」



この会話が私の中で決定打になりました。

接すると本当にしんどい。

これまでにも「あぁもうダメだ」としばらく距離を置いた事は何回もありましたが

時間が経つと、娘なのに連絡もしないでいるのは良くないという罪悪感で連絡をしていました。

でも心理学的な知識から見ると

親子の主従関係に長く私もいたんだなと気づかされました。

【自分の心は自分のもの】
【一緒にいてつらくなる相手とは離れる】
【自分は自分で守るんだ】

親にそうして欲しかったように

自分で自分を気にかけて、気持ちを聞いて行動しよう


少しずつ自分と対話しながら日々シフトチェンジしています('∀')


「何となく生きづらい」
「親密な関係性を保つのが難しい」
私と似たような想いをしている方のご参考になれば幸いです。


今回も長文を最後まで読んでくださって本当にありがとうございました!

カフェの雰囲気で一息いれてください☆

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