小学校の原体験

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私は小さい頃から困っている人を放っておけなかったり、面倒見がよいと言われたりします。そんな人間性になった要因の一つとして、小学校時代の原体験が思い出されます。

今はどのようなシステムかわかりませんが、私が小学校の頃の35年ほど前は、2年毎にクラス替えが行われていました。6年間で3回ですね。当時同じ学年は3クラスでしたが、それでも6年間ずっと一緒だった子は女子の2名だけでした。そのうちの1人の子がダウン症を患っていました。ダウン症は、先天性の疾患であり、新生児の1,000人に1人が罹ると言われています。私の口唇口蓋裂の倍の確率ですね。

その子も満足に歩けず、字も、絵も描けず、そのような状態でしたが、6年間他の子たちと一緒に学校に来て、授業を受けていました。体育も一生懸命参加していました。

その時思い出されるのは、6年間ずっとだったか記憶は曖昧ですが、同じクラスのメンバーが交替でその子の家まで迎えに行き、一緒に登校したことです。今考えると、そう学校から遠い家ではなかったですが、始業までに家に行くと母親と待っていて、一緒に手を取って登校したのです。日によって感情の浮き沈みがあり、連れていくのに苦労したこともありましたが、みんな当たり前のように迎えに行っていたと思います。

授業も、遊びも、その子を特別扱いするわけでもなく、ましてやいじめをすることもなく、6年間を過ごしました。その6年間が少なからず、私の人格形成に影響しているのではと感じました。

もちろん、私一人で接していたわけではないですが、近くで見ていたことに変わりはありません。またこちらがすることだけではなく、その子本人もとても一生懸命に生きていたと思います。その姿も何かしらの影響があるように思います。

その女の子とは、中学は別々の学校になりましたが(そういった症状を持つ子の専門の学校に行ったと聞いた記憶もあります)、その子はその後どうしていたのだろうか。その子と過ごした小学校時代のおかげで、今の自分の人のためにの精神が育まれたとしたら、貴重な縁、出会いと、その生き様に感謝をせずにいられません。



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