草が彩るふたりのテーブル

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「 最初、怖い人かと思ってた。でも優しい 」


口元に運んだジョッキを止めたまま、美華が言った。


エレベーターホールで初めて美華を見つけた日、とっさに声を掛け、彼女の店に入った。店の名前は聞いた事があった。むしろ2度入った事があるのだ。


たぶん相当酔って1人で入ってるはずだ。常に紳士的であろうと努力をしているのだが、完璧とはいかない。このわずかな隙に失言をしていたのかもしれない。ショートヘアーのサバサバ系美人。圧倒的に美人。恐らく30前後であろうチーママが私に対して微妙に冷たいのだ。


「それはね、結構肌で感じるね」
と、美華に言う。


「えーたぶんそんなことないと思いますぅ」

彼女のそのふわっとした意見が正しかったことは後々わかる事になる。


~~~


メモリートークは和みの基本だ。過去、楽しかったことや頑張ってたことを話してるときの女性の顔は明るい。その時の親友の名前、流行ってた曲、飼ってたペットの話、部活、修学旅行先、明るい話題なら何だっていい。



情景がフラッシュバックしてる彼女と同じ時を過ごすのだ。彼女の記憶に寄り添い、同じ体験をしてる感覚を味わう。一度聞いた親友の名前を突然出して、○○ちゃんが?みたいな問いをして驚かせる。話したことがしっかり共有されていると、グッと身近に感じるものだ。



現在の話を避けるのにも理由がある。近況を掘り下げて聞かれるのは、女の子にとって若干の気持ち悪さもあるだろう。そういうのは、女性が話したければ勝手に話し出すので放っておいていい。


私が聞く、彼女が答える、それを私が掘り下げる、彼女が話す、そういうループを設定できたらオートパイロットだ。話が尽きることはない。私達二人には元々共通点のようなものもないはずだから、盛り上げようと頑張るより聞くに徹するほうがナチュラルだ。


「どんな仕事をしてるんですか?」


彼女の話を広げて掘り下げ、テンポよくトークが進みだした頃、おもむろに彼女が聞いてきた。私は進んで自分の話をしない。というよりそう心掛けている。だから彼女の問いに対しても適当に答えた。


「会社経営とYouTuber」


別に嘘ではない。YouTubeも底辺ではあるが収益化もできていて600万再生だ。


「そうそう、だいたいそんな感じ」と言いながら、これ以上掘り下げるつもりがない事を暗に伝える。別に知られて困る事はないのだが、熱心に話しても大体ふーんで終わる。


ふと時計に目をやると1時間が経とうとしていた。この日テーブルを彩ったのはサラダ。注文した全ての料理にサラダが盛られていた。パプリカ嫌いって言う彼女の責任は私がとった。まさかパプリカを食べる人まで嫌いにはならないだろうと踏んだからだ。


「なんか今日、草ばっかりやったね、料理」


「草って」
彼女が笑う。


飲むときはこれくらいでいい、と美華。それは立派な酒飲みが言うセリフだ。


美華の店は21時オープン。「そろそろ出よか」そう言い、化粧室に行くよう促す。すぐさまスタッフを呼び会計を済ませる。


帰り支度を済ませ彼女と店を出た。


美華「ごちそうさまでした」
私「おいしかったね」


店に入る前とは打って変わって、美華は奔放な歩き方に変わっていた。浮かれた子供みたいな足取りで巻き髪を揺らす姿は微笑ましかった。


女の子の店で飲むようになってから何年くらいだろう。同伴なんだと意識して同伴したのはこれが初めてだ。初めての同伴が美華で良かったなぁ」なんておかしな思考になりかけて、ふと我に返る。


楽しかったという気持ちと、無事終わったという安堵感が同時に湧き上がる。この後、美華はどんなドレスに着替えるんだろう、どんな顔をしてどんな対応に変わるのだろう、私に対しほんの少し気を許した彼女の先を見たくて心が躍る。




もうすぐだ。
そう、あの角を曲がれば繁華街。
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