あの頃(2015年③)いま(2018年)

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【6回シリーズの第5話です】
バーで後輩と会った2日後に彩から電話をもらった。会いたいという彩のストレートな言葉を聞き僕の気持ちは飛び跳ねるようだったが、それを彩に悟られないよう努めた。
週末に、知人が経営しているイタリヤ料理の店で待ち合わせることにした。僕は居酒屋とか焼鳥屋が好きなのだが、このときはお洒落な店を選んだ。こんなふうに恰好をつけて、ときには粋がって、それなのに仲間の中では一番気が弱い。僕は、そんな自分の性格が大嫌いだ。
僕は約束の10分前に店に入った。彩はその2分程後に現れた。
あらためて互いの近況を話した。どちらも独身というかフリーになっていて、まるでお見合いパーティの出会いのようだと彩は笑っていたが、僕には笑えなかった。天真爛漫な彩と違い、僕は臆病で不器用で人を好きになりやすく冷めにくいタイプだ。動き出すまでは臆病なのに、一度動き出したら止まらない。だからこそ一歩踏み出すことに躊躇してしまう。
彩には子どもが3人いて、1人は社会にでているが2人はまだ学生だという。生活が大変なのではないかと尋ねたが、生命保険と遺族年金があり生活には不自由していないようだった。強がりのようにも感じたが深く追求しても仕方ないと思った。
彩の雰囲気は昔と変わらなかったが、年齢は誤魔化しようもなくシワやシミも気になったのは確かだ。おそらく髪は染めていたのだろう。焦げ茶色の長い髪が彩に似合っていた。今は実家に戻りスーパーでパートをしながら両親の面倒をみているという。彩も僕も一人っ子なので、両親のことに関する悩みは共通していた。
2人は店を出て、先日、再会したときのバーに入ることにした。マスターは静かに向かい入れてくれた。彩は、それなりに飲めるようだった。僕はソルティドック、彩はマティーニを注文したので、マスターが心配そうな顔をした。僕は、マスターの表情の理由がつかみとれた。マティーニはカクテルの中でも度数が高く、あまり女性が飲んでいるところをみかけたことがない。
彩は「今日は特別でしょ。酔ったら介抱してくれる人がいるから安心なの。だから今日くらい飲ませてよ。」と相変わらずの破天荒な振舞いで昔を思い出させた。結局2人とも、その1杯だけを飲み店を後にした。
タクシーに乗るとき、彩が僕の耳元で「今度はシェリー酒を頼むわよ。覚悟してね。」と囁いた。お互い年を重ね、彩にも酒の知識があるようだ。シェリー酒には『今夜は私をあなたに捧げます』という酒言葉がある。それくらいは僕でも知っていた。
彩が乗ったタクシーが交差点を左折して見えなくなった。
数か月後には、彩に会うことができなくなるとは、この時は思いもしていなかった。

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