あの頃(2015年②)いま(2018年)

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【6回シリーズの第4話です】
僕は一人暮らしをしている。妻に男ができて僕たちは25年の共同生活にピリオドを打っていた。娘は就職して札幌で独り暮らしを始めていた。心配はしていたが、子どもを独り立ちさせることも親の務めだと考え独り暮らしを認めることにした。
娘にメールを送信しても返事が来るのが数日後になる。そのことには少し困っていた。返事がないのは元気な証拠と言うが、親馬鹿な私は心配になってしまう。それが原因で酒の量が増えていたように思う。
夜は馴染みの居酒屋やバーで飲んで過ごすことが多かった。あるときマスターが僕にメモを渡してきた。そこには電話番号が書いてあった。先日、ここで会った後輩の番号らしい。彼が店に来て僕に渡して欲しいと置いて行ったそうで、他に客もいなかったので僕は電話をかけてみることにした。すぐに電話に出た彼は、これから店に来て良いかと尋ねてきた。断る理由はないが、一体、何が起こるのだろうと不安に感じた。
まもなく彼が店に入ってきて隣に座り、何故、彩と連絡をとらないのかと尋ねてきた。別に理由などなかった。そもそも電話番号が分からないことを伝え、もしも東京に行ったときには洋菓子屋を訪ねてみようかと思っていると説明した。
彼が話すには、東京の店は同僚に売却し彩は地元に戻っているらしかった。彩からは東京で洋菓子屋を経営していると聞いていたが、地元に戻っているとは聞いていないと思った。酒が入った席での会話だから確かなものではないのだが…。
彼の説明によると、昨年ご主人が他界され、両親の体調が思わしくないこともあり今は実家に帰ってきてスーパーで働いているそうだ。そんな話は聞いていない。彩にだって僕に話たくないことがあるのだろうと彼を諭した。
彼は、彩が僕に会いたがっていると言うが、彼の話は大袈裟というか、どこか信用がおけないと感じた。しかし拒むものではないので、僕の電話番号を伝えるように話して店を出ることにした。
本心では嬉しい気持ちが湧いていた。それを彼に見抜かれるのが嫌だった。僕は彼の先輩であり、浮かれている様子を悟られたくなかった。僕は単細胞で見栄っ張りなのだ。
本当のことを言えば彩ともっと沢山の話をしたかった。しかし連絡先も分からないし、彼女には東京に素敵な家庭があるのだろうと諦めていた。
いつ連絡が来るだろうか。『期待に胸を膨らます』というのは、この時の僕のことを表す言葉だろう。
彩から電話が来たときには恰好をつけるよう心の準備をしておくことにした。
僕は50歳を手前にして、自分の中の揺れる鼓動を抑えることが難しいと感じていた。

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