科学と創作の境界線 『時間順序保護仮説』とタイムトラベルの物語

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こんにちは。『徒然なる世界』の管理人リュードです。
今回は、少々込み入った話をしたいと思います。

皆さんは『時間順序保護仮説』というものをご存知でしょうか?

時間順序保護仮説とは、1991年、イギリスの理論物理学者、スティーヴン・ホーキング博士が提唱した仮説で、その内容をザックリ言うと、

「タイムトラベルは不可能である」

という仮説です。

一例として、一週間前に買い、冷蔵庫に入れっぱなしになっていたジュースを持って三日前にタイムトラベルし、
そこにある「三日前のジュース」を飲んだとします。

すると、今持っている
「現在のジュース」
が残っていることに対する矛盾が発生してしまいます。

(過去に飲み終わったはずのジュースが「現在も」手元に残っているのはおかしい)

こうした時間的な矛盾、いわゆるタイムパラドックスが発生することを回避するために、
ホーキング博士は時間順序保護仮説というものを提唱し、

「タイムトラベルはできません」

と主張したのです。

さて、ここまでは科学の話をしました。

ここからは創作に関する話をします。

創作界隈において、タイムトラベルは古くから、
それこそH・G・ウェルズ作「タイムマシン」の時代から創作のネタとして使われてきました。

「ドラえもん」「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のように、
実際の乗り物としてタイムマシンが登場したり、

スーパーファミコンで発売されたRPG
「エルファリア」「テイルズオブファンタジア」などのように、
乗り物によらない超常的な方法でタイムトラベルを実現したり、

さらにはロバート・J・ソウヤーのSF小説
「フラッシュフォワード」では、
肉体を元の時代に残したまま、精神だけを一時的に未来に飛ばす、
という形でタイムトラベルを表現したりもしています。

このように、タイムトラベル、いわゆる時間旅行は、
創作のネタとしてはすでに使い古された概念であり、

古典文学、あるいは古典落語の領域に突入していてもおかしくない、
創作概念の一つとなっています。

では、何故これほどにタイムトラベルが、
創作のネタとして広く使われているのか。

その理由は実に簡単です。

「タイムトラベルが不可能であることは、すでに定説化していたから」

創作における要素の一つとして、

「現実にはあり得ない事象を、さもあり得ることのように描写する」

というものがあります。

この要素に従えば、ウェルズ氏が「タイムマシン」を書いた時代から、
すでにタイムトラベルは不可能であるという考え方は、
一種の定説として扱われていた、ということになります。

現実にあり得ないからこそ、
創作のネタとして、架空の物語でタイムトラベルを描写する。

ホーキング博士が時間順序保護仮説を提唱するよりもはるか昔に、
それも科学者ではないウェルズ氏が、

「タイムトラベルは不可能である」
「だからこそ、創作のネタとして使える」

と考えたことは、科学と創作の境界線をしっかりと定める上で非常に重要なことです。

以下は、単なる余談になります。

それにしても、何故ホーキング博士は時間順序保護仮説というものを提唱してまで、
タイムトラベルの実現可能性を否定したのでしょうか。

それは、背理法的に考えることによって一つの解が出てくると思います。

つまり、

「もしタイムトラベルが実現可能になったら、どういうことが起きるのか」

を考えてみる必要があるのです。

タイムトラベルができるということは、
物事の発生する順番を覆すことができる、
ということを意味します。

仮に、あなたの目の前に、どうしても気に入らない相手がいたとします。

「その相手さえいなければ……」

そこで、タイムトラベルができるあなたは、
過去に戻って、物事の発生する順番を覆そうと考えます。

つまり、この場合、
相手が存在することができる要素をなくす。

例えば犯罪的な方法を使わずに、
相手の両親の結婚を妨害すれば、
「合法的に」相手の存在を消すことができるでしょう。

また、過去に戻れるということは、
一度起こってしまったことを修正することができる、
ということを意味するものでもあります。

自分にとって都合の悪い結果を、
過去に戻ってなかったことにする。

あるいはもう一度やり直して、
自分にとって都合の良い結果になるようにする。

しかし、もしタイムトラベルができるのが、
あなただけではないとしたら、どうなるでしょうか。

その相手が、あなたがタイムトラベルによって、
都合の良いように歴史を修正したことに気付いたとしたら?

恐らく、その相手もタイムトラベルを使い、
自分にとって都合が良くなるように歴史を再度修正しようとするでしょう。

しかし、あなたもそれに気付き、
また歴史を自分の思い通りになるように修正しようとしたら?

そこに待っているのは、果てしない歴史改変合戦となるでしょう。

これは非常に恐ろしいことです。

何故なら、歴史が改変されている間、
世界の時間はその間を何度も繰り返すことになるからです。

恐らく、ホーキング博士はタイムトラベルに関する思考実験を行ううちに、
この歴史改変の恐ろしさに気付いてしまったのだと思います。

だから、時間順序保護仮説というものを提唱し、
タイムトラベルの実現可能性を真っ向から否定したのではないでしょうか。
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