マウをカミる

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コラム
「マウをカミる」
とは、私の生まれ島の言葉で「神棚を設ける」という意味です。

※マウ神(マウガン)とは、個人の守り神の意で、昔(現在の70代~80代)の方たちは比較的設けている方が多くいます。
昔は体の弱い方、病気がちな方はマウを持つことが多かったようです。
ちなみに、マウを持っている方が全て神事に携わるという事ではなく、マウをカミてから更に神様から選ばれた方のみ、神の道に入ることになります。

三途の川を渡りかけたものの、無事に戻ってきた私は祖母に神棚を作って欲しいと相談をしました。
神棚を設ける際にも細かいルールがあり、依頼する側と依頼される側の干支が合わないと作る事が出来ません。
幸い私と祖母の干支は合っていたので、祖母が引き受けてくれる事になりましたが、なんせ私はその当時まだ30歳。
祖母は
「まだまだ若いけどねぇ。。。マウを持つという事は大変な事だから、
もう少し子どもが大きくなってからでも良いんじゃないかね?」
と物凄く迷っていました。

今となっては、祖母が私のマウを作ることにかなり迷っていた理由が分かりますが、その当時の私は、マウを持てば体調が回復する。
またすぐに元気になれる。そう思っていたので、一日でも早くマウを作って欲しい。と祖母にお願いしていました。

マウをカミる時は、父親の出身地の御嶽、母親の出身地の御嶽をそれぞれ拝み、自宅に戻ってそれぞれの御嶽からお連れした神様を香炉へ迎える拝みをします。
私も祖母と御嶽を拝み終えて自宅へ戻り、準備していた香炉にお線香をあげると、祖母が
「misa、あんたはカンヌフファ(神の子)だ。神の道に入らないといけないね。今日はお祝いだ。」
涙を流しながらそう言うと、神歌を歌い始めました。
私が祖母の神歌を聴いたのは、その時が最初で最後です。

祖母も神の道に入りとても苦労した人なので、やはり私には苦労させたくない。との気持ちが強かったんだと思います。

あの時の祖母の姿は一生忘れる事が出来ません。

マウをカミてからの私は、自分の家のニガイ(拝み)は出来るようになり、体調も少しずつ良くなったものの、相変わらずスッキリしない(何だか物足りない)日々を過ごしていました。
モヤモヤを解消する為に、あるユタさんを訪ねた際に
「そろそろ本格的に神事をする時がきたみたいだよ。」
そう言われ、マウガンとは別に新たにミートゥバイトゥー(判事を取る)の神様をお迎えすることになりました。

マウをカミてからの3年間は修行だった。
正式に神の世界への入学を許可しよう。

ミートゥーバイトゥーの神様をお迎えした日、夢の中でこの言葉と共に大きなハンコをもらいました。

私の見解ですが、マウをカミてからの修行期間はそれぞれ個人差があるように感じます。
最近ではマウをカミるのと同時に、ミートゥバイトゥーの神様もお迎えする方もいるようです。

しかし全ての神人に共通しているのは、神の道に入ったからゴールではなく、さらに過酷な道が待っているという事。
神の道に入るという事は、一生修行が続くという事だと思っています。

たまに「人の気持ちが分ったり、目に見えない世界が見えるのって羨ましい。」と言われることがありますが、決して良いものではありません。

ユタさん神人さん、皆さんが口をそろえて言う事。
「ユタ、神人になりたくてなったわけじゃない。」
それだけ神の世界は厳しいものであるという事です。

少しでも沢山の方々に神の世界を知って頂きたい。との思いで記事を書いてみました。
神様と相談をしながら、私にお伝え出来ることは記事にしていこうと思っていますので、次回の記事も楽しんで頂けたらと思います😊

いつもありがとうございます♡


☆misa☆



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