「年金もらって楽しく生きるためのお言葉集!」💜🎾🚴‍♀️⚔️🏓⛳😎😍

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コラム
(東洋の魔女)
💎私は、人より鈍いせいか、あるいはまだ元気なせいか老いることに絶望していない。あと二十年生きたらどうだろう?
しかし、ひょっとして二十年後も私は同じではないかという気がする。
💎年取ってからのいいところは、かく、想像力がたくましくなる点です。
想像力が具備しなければ、年寄りの一人世帯は張っていけない。
💎人間に対する知識が深まってくるというのは、老いの楽しみでなくて何であろう。
💎人は、子を持たぬ時、老いを恐れる。
というのは、人は、子の若さで、老いを忘れ自分も若返るように思うのである。しかし、子は老いのスベリドメにはならない。
本人は、やはり老いていくのだ。
子供で老いを忘れようとするより、充実して老いを豊かにすることである。
つまり、老いても、楽しい何かを持っている、そんな女なら、子を持たずに
楽しい目を多く見ることもできるであろう。
💎子供を持たぬ楽しみの一つに、身軽さがある。
どこへでも行ける、時間を自由に使えるという事は、これは、無駄に生きている人間には拷問であるが、人生が充実している人には、素晴らしい贈り物である。
💎人間、年をとると「人を傷つける事」の何たるかがわかってくるのである。
💎年老いても、体も心も若さを失わぬ人が間々あるが、
ただそういう人も、若い時に比べると計り知れぬほどのチエをたくさん身に着けている、だから、若い時のままではない。
チエの重さもいつとなくだんだんに増えていくのであって
若さから老いへの過程は、明確な区切りがない。
老いとはなんと人間らしいものであろう。
💎人間はこの世に生きている限り、楽しく過ごさなければ。
それも周りの人を楽しませ、人を助けたり助けられたりしてなかよくしつつ
皆で気持ちよく年取る、という事に尽きるようにおもう。
💎好奇心ムラムラ、という事がいちばん女には大切である。
女の幸福は、男の人に対して、好奇心ムラムラ、という状態でいられるときで
あるように思われる。
そして、女に生まれたら、終生、おばあちゃんになるまで、
好奇心ムラムラでいたいものだ。
💎老婦人は貴婦人でもあらねばならぬ。
群れる事無用、一人を楽しみ、かつ、それでいてみんなで仲良く....というのがよい。
💎「茶飲み友達」まるで年寄り扱い。
年寄りは茶をのんでりゃいい、というのか。
年寄りに茶は合いものと誰がきめたのだ。
オール日本人、お茶屋の回し者か、茶道家元のPRとしかおもえない。
別にお茶を飲まなくても仲良しになれるのだ。
💎歳月も年齢も、その人をそこなうことのできぬ美しさ、というものは
あるのだ。
💎老いると、口紅・ほほ紅が大切な化粧道具である。
紅おしろいというが、白粉ものらない肌になっても、紅だけつけていれば
気分は花やぐ。
お肌の手入れは、七十過ぎてこそよけい必要なもの。
口紅の数も老いてこそ多くあらまほしいもの、
若いオナゴは、唇の上下をきゅっと引き結びムギュムギュとするだけで
きれいな色になるのだから。
若い者が化粧品を数多くもつなんて阿保の骨頂、いらざる費えというものであろう。
💎老婦人の粋というものは、アクセサリーをすべてつけると
かえって野暮になると心得るべきである。
💎容貌の花はうつろい、香りは消え失せても〈女らしさ〉という
華やぎはいつまでも消えやらぬものである。
💎女の本当の賢さは、美しく年を取る法について自分なりの識見を持ち
プランをたてておくことではなかろうか。
💎おしゃれ心は生ある限り、女の人生を燃え立たせます。
いつまでも若々しい心のままに....そして新しい挑戦の人生が開けます。
💎若さ・美貌・才気などというものは、一生持ち続けて終点へ到着できると
一番いいのだが、こういうのは、わりに早く乗り換えの駅が来る。
また、こういうのに乗っている人ほど、乗換駅に気づかないのだ。
つい一本の線にしがみついていて、乗り換えるべき駅がきても降りようとしない。そのうちに電車は停まり、あたりは暗闇、しまった、さっきの駅で乗り換えるべきだったと気づいてもおそい、という事になる。
💎一人暮らしの老女というだけで、ただもう、見当はずれな同情と
見せかけのヒューマニズムで「淋しいでしょう」などというのだ。
あんぽんたん。
💎喫茶店に一人で入るというのも、時には必要なことである。
年配者の女には、飲食店へ一人で入れない、というのがかなりいる。
💎ボケる、ボケないは、神サンのーひいては運命の神。
どこに、どんな顔をしているのかわからぬモヤモヤした神さん
モヤモヤさんの胸三寸にある事、人力ではどうしようもない。
💎今こそ立て、老親たちよ!
積み重ねた年輪のパワーを奮い起こして、身勝手で厚かましくエゴむき出しの
不埒な子供らを逆襲せよ!
したい放題、しまくったらエエねん、それで子供らをちっとは困らしたらエエねん。
💎〈コンマ以下は切り捨て〉
コンマ以下とは何ぞ!
人の世の、諸々の下らぬことである。
とるに足らぬ些事はもう考えないということだ。
💎私は途端に元気になる。
あ 今日も一日、〈コンマ以下〉のことは切り捨てて、しっかり
人生を楽しもう.....と思うのである。
💎一人暮らしの私が最も注意をしていることは、犯罪に対する用心である。
健康についても用心するに越したことはないが、
これはまあ、寿命の関係、神の思し召しの具合で、わが努力ではいかんともしがたい所がある。
しかし、防犯という事についていえば、かなりの部分、こちらの配慮に負うところがあるのでいつも心がけているつもりである。
💎一人暮らしというのは、あんがい忙しいものである。
💎士は己を知る者の為に死に、女は己を喜ぶものの為に化粧をするそうだが
こういう人がなくちゃ私も長生きしてる甲斐がない。
そしてまた、このためにこそ、私はいつも外へ出るとき、きちんと心を緩めず
身づくろいしているのだ。
💎「老い」は、人が望むと否とにかかわらず、「いつのまにか」
「スーッと」やってくる。始末が悪い。
「老い」ばかりは、「キッパリ」「潔く」というわけにはいかないので
「いつとなく」「スーッと」老いてしまう。
若さからキッパリ引退はできないで「いつとなく」「スーッと」若さを失う。
その辺の無残な曖昧ぶりは、私には、きわめて人間らしいことに思われる。
人生には「決して」という言葉は、ためらわずにはいわれないものがあるのと同じく「ジワジワと」「ナアナアのうちに」変貌し移ろうものがある。
そこが人生のいいところでもあるような気がする。
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