月よ星よと、君を思うこと許されば。

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某青い鳥さんで投稿させていただいたものになります。
#小説が読めるハッシュタグ
#創作NL #創作BL(添える程度)
#オメガバース

「場所を移そうか」
「足が立たない、んですが」
「なに、寄りかかっても良いからおいで」

ひぃ、顔が良い。伸ばされた手と将臣さんを見比べる。イケメンの先輩で見慣れていると思っていたけど、これはちょっとイケメンの種類が違った。もう見るからに、アルファだって分かるレベル。
伸ばされた手に手を重ねて、引き寄せられて分かるがっしりとした身体。私一人寄りかかったって何も問題ないぐらい、体格だってよかった。

「兄貴」
「話をするだけだ。由貴くんとお前の可愛い子を傷つけたりはしない」
「信じるからな」
「…えっ。せんぱ、え?」
「こら、そっちを見るな」

置いて行くんですかと先輩を見れば、ぎゅぅと手が握られてそっちに視線が向く。穏やかに笑う将臣さん。赤茶の目には嫉妬らしき色が浮かんでいた。独占欲すっげ、と他所から聞こえてきたが、それは言わずもがな先輩だ。

「また夜に由貴さんと迎えに行ってやっから」
「…はい」

将臣さんから目を逸らさず返事をする。逸らすと喰われるかもしれないから。ほら、目を逸らした方が負けっていうやつ。くすりと笑い声が聞こえた。これも、先輩が発信源。

「じゃあな、瑞佳」
「…お、気を付けて」
「おう」

視界の端っこでひらりと手が振られたから、私も空いた手でひらりと振る。再び手をぎゅぅと握られて、意識が将臣さんに戻る。将臣さんはひとつ頷いて、私の腰に腕を回し、レンズに色がついた眼鏡をかけた。

「眼鏡?」
「こうしていないと、他の人たちに迷惑かけてしまうからね。目を見て話してくれたのは、アルファ以外で君が初めてだ」

眼鏡の奥で目が細められた。ふらふらな足取りで将臣さんの隣を歩きながら、この人も生きづらいんだろうなと思う。まあ、私が何を語るというわけでもないのだけど。

「ま、さおみさん」
「ン?」
「あの、どこへ?」

セダンの助手席に乗せられて、運転席に乗り込んだ将臣さんを見る。エンジンをかけながら、将臣さんは一瞬思案するように口をつぐんだ。
「さて、どこが良いかな。少し走らせたところに海辺のカフェがあるからそこに行こうか。今日は温かいからオープンテラスでも話が出来るし、君も人目がある方が良いだろう?」
「…それは、まあ」
「ところで、回りくどいのは嫌いだから率直に聞くけど、恋人からだったら考えてくれるか?」

――俺は逃がすつもりないけど、と続ける将臣さんの横顔を見る。じゃあ、聞かないでほしい。

「えっと、私、ベータからの後天性の変化で、オメガになったばっかりで」
「へぇ?」
「だから、フェロモンとか発情期とかもまだ全然分からなくて」
「それはそれは教えがいがありそうだ」

ふわりと、否、ぶわりと強風に煽られた時のような感じがした。清涼な石鹸のような、それでいて少しスパイシーの様な、ちょっとだけ分からない。ただ、これが将臣さんのフェロモンだと思うと、腰の奥がずんと重くなって呼吸が乱れる。心臓がどくどくと忙しなく動いた。

「…っは、」
「おっと、強過ぎたか…。大丈夫かい」

返事もままならないぐらい、心臓の動きが激しくて、呼吸が整わなかった。手足が冷えていく。

「ひゅっ…」

前傾姿勢になって、必死に呼吸を整えようと足掻く。けど、足掻けば足掻くほど、呼吸がままならなくなる。車からカチカチとハザードランプの音がした。

「瑞佳、俺を見て。そう、良い子だ」

将臣さんの声が遠く聞こえるけれど、指示に従って赤茶色の目を見た。優しい目。兄さんが、先輩が、私に向けてくれる目と同じ。

「俺の呼吸と合わせよう。吸って、吐いて。上手だな、瑞佳」

背中に当てられた将臣さんの手のひらの大きさが分かる頃には、私の呼吸もゆっくりとした整ったものになっていた。

「悪かった、大丈夫か?」

心配そうに覗いてくる眼鏡越しの赤茶の目。眼鏡越しなのが、なんか嫌で、手を伸ばして眼鏡を取る。

「瑞佳?」
「ふふ、そっちの方が良い。もう、大丈夫です。ちょっと、びっくりしただけです」
「…無理をさせてしまった」
「でも、嫌な気持ちにはならなかったです。最初に感じるのが、将臣さんのフェロモンで良かった」
「…っ、それは」
「多分、私にとっても将臣さんとの出会いが『運命の出会い』だと思います。まだ、感情が追い付いてないけど、」
「本当か、信じても…?」
「本当です。感情が追い付くまで、もうちょっと待ってくださいね」
「待つ。君が俺を好きだと言ってくれるまで」

ちょっとハードルが上がったけど、まあ、良いや。頬に手を寄せて来る将臣さん。キスはしないけど、額同士をくっつける。ほのかな温もりが伝わってきて、私はからりと笑った。先輩、兄さん。多分、私も幸せになれるかも。

「ーーそれじゃあ、お互いを知るためにカフェに行くか」
「はい。楽しみです。腰に力入らないけど」
「根に持ったように言うな」
「根に持ってます。しゃんと立ちたいのに立てないなんて」
「俺に寄り掛かれば良いだろう。瑞佳ひとり支えれん男じゃないぞ」
「体格良いですもんねえ。ジムか何かしているんですか?」
「休みの日は大体ジムだな」

車の中は将臣さんのフェロモンでいっぱいだったけど、ホワホワとした浮ついた気持ちになる。人はそれを泥酔というらしい。しっかりと将臣さんのフェロモンに酔いしれていたから、カフェに着いて降りる時にはなおのこと下半身に力が入らなかった。アルファもオメガもすごいなあなんて現実逃避がてら考える。

「俺が言うのも何だが、大丈夫か?」
「うーん、だめですねえ」

ガクガクと産まれたての子鹿のように脚が震える。見っとも無いな、と思いながらまるで介護のように将臣さんの手を借りて歩く。というより、もう将臣さんに寄りかかるしか他なかった。

「次会うときは、しゃんと立ってます。絶対に」
「まあ、そう無理してくれるな」
「大丈夫です。有言実行するんで」
「次があると言ってくれただけで、俺は満足なんだがな」
「え、あんなこと言わせておいて実は次がなかった…?」
「ある。ちゃんと次もある」

今日中に慣れてみせるという強い意志の下、私は将臣さんに腰を抱かれながらカフェに入った。周りの生ぬるい視線が何とも言い難い。羞恥心を抑え込みながら、平常心を保つ。そして、オープンテラスに通された。生ぬるい風が吹いていく。

「此処は海がよく見えるだろう」
「…本当ですね」

さざ波の音とカモメの鳴く声を聞き、私はその青い海を見つめた。どこまでも青く、空との境界線があやふやになりそうなほどの水平線。時折船が汽笛を鳴らしているのが聞こえた。

「本当に綺麗」
「――瑞佳、君は何頼む?此処は何でも美味いぞ」
「そうなんですか?じゃあ、この苺のパンケーキとアイスティーにします」
「俺はホットサンドにしようか」

店員さんが来て注文を聞いていく。ザザン、ザザンと、響く波の音が心地よくて目を閉じる。潮の匂いが鼻孔を擽っていく。海なんていつぶりだろうか。

「どうかしたか?」
「いえ、海に来るの久しぶりで」
「そういえば、俺も久しぶりに来たな」
「此処は、誰かと?」
「ン?」
「随分と、おしゃれだから…」
「あぁ、そういうことか。此処は、母親とよく来るんだ」
「おかあさまと?」
「俺の両親もアルファだが、母は可愛いものとか綺麗なものが好きでな。此処が一等お気に入りのカフェなんだ」
「へえ」
「瑞佳の家はそういうのないのか?」
「あー…。先輩から兄さんの話を聞いてるなら、大体想像つくと思うんですけど、私がベータからオメガに転換してから、今家の中が引っくり返っちゃって。将臣さんに言うのもなんですけど、実は明日からお見合い祭りなんです」
「は?」
「――兄さんと先輩の結婚をもぎ取ったら、そうなっちゃったんですよね。で、兄さんに話根掘り葉掘り聞き出されて、将臣さんに会ってみろって先輩が言いだして」

肩を竦める。将臣さんは眼鏡の奥の赤茶の目を大きく見開いていた。『運命の出会い』を果たした私が、まさかの明日からお見合い祭りである。当然の反応とも言えた。

「そ、れは」
「将臣さんを利用する形になって申し訳ない気持ちが大きくて」

だからこそ、気持ちの整理がつかない。感情が追い付かない。将臣さんは微動だにしないまま固まっていた。

「明日、君の見合いに俺が乗り込んでも?」
「え?」
「そうだな、そうしようか。見合いする場所は分かってるのか?」
「い、え。まだですけど、将臣さん、何を仰ってるのか分かってますか…?」
「勿論。俺の可愛い番が、他のアルファと見合いをする。口にしただけでも、腸が煮えくり返りそうだ」

そう返って来るとは思わなくて、今度は私が呆然とする番だった。きっと、幻滅かそれぐらいのことをされると思っていたから。

「瑞佳、スマホを出して。連絡先を交換しよう」
「…あ、はい」

バックからスマホを取り出して、将臣さんに手渡せば「素直に渡すな、まったく」と呆れたような言葉がこぼされた。そう言いながらも、連絡先を入力する将臣さん。返された画面には名前と電話番号、メールアドレスが入っていた。

「メッセンジャーアプリは少し苦手でな、何かあればメールを入れてくれ」
「あ、はい」
「帰ったら、必ず見合いする場所の連絡を入れること。分かったな?」
「本気で乗り込んでくるおつもりなんですね…」
「当然だろう。何度も言うが、俺の番が見合いをするんだぞ」
「…つがい」

当然のように、さっきから『番』認定してくる将臣さんに苦笑する。私の申し訳ないという気持ちを払拭するために、言ってくれているのだろうか。
でも、そっか。この人が私の番になるのか。

店員さんが持ってきた、つやつやでピカピカの苺のパンケーキに視線を落とす。なんだか、気恥ずかしくなってきて、顔を上げることが出来ない。

「どうした、瑞佳」
「なっ、んでもありません」

面白がっている声音が私の耳を擽る。耳が熱いどころか、顔が熱かった。俯いた顔に両手を当てて深呼吸を繰り返す。落ち着こう、一回落ち着けば大丈夫。大丈夫。

「ほら、美味いうちに食べるぞ」
「…はい」

カトラリーケースを渡されて、私は顔に熱をこもらせたままそれを受取った。面白そうに笑っている将臣さんが憎たらしくて、キッと睨むも平然としていなされて。

私はアイスティーを飲むことで、釈然としない気持ちを押し殺すも一瞬のこと。アイスティーが思いのほか美味しかった。茶葉の違いだろうか、家で作って飲むよりも美味しいし、どこの店で飲むものよりも美味しい気がした。

次は苺の乗ったふわふわなパンケーキに、そっとナイフを通す。スフレのような柔らかさで、――食レポに対する語彙力は持ち合わせていないのでこの辺にして。甘酸っぱい苺と食べれば、もうそれは極上の食べ物だった。

「美味しい…!」
「それは良かった」

将臣さんはホットサンドに齧り付いていている姿も、なぜか上品に見えた。お顔はいかついのに。なるほど、これがうちの家にはない品性か。

「瑞佳、そんなに見られると食べずらい」
「…あ、すみません」

視線をパンケーキに戻して、私も食べ始める。もくもくと。
それから、しっかりと小腹を満たした私たちは帰る支度をする。その頃には、私の下半身にも力が入って、自力で立てるようになっていた。

「…凄いな、もう立てるのか」
「立てますけど、まだふらふらしてます」
「でも十分凄いことだ」

ふらふらとしながら立ち上がり、一歩を踏み出す。力を抜けば、また腰から崩れ落ちそうだった。それを踏ん張りながら耐える。車の中の荒治療―フェロモン―があってこそだと、思う。

あれがなかったら、たぶん立てないままだった。けれど、将臣さんは私の腰に腕を回す。そのまま将臣さんに寄りかかるように抱き込まれて、結局来た時と同じの格好のままカフェを後にした。


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