※BL レンズ越しに見る君は

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こぽこぽとコーヒーメーカーが音を立てながら、美味しいコーヒーを抽出する。あんまり詳しくないけど、店内にはマスターが好んでいるというクラッシクが流れている。

僕にはよく分からないけど、よく店に来るおじいちゃんたちはふんふん頷きながら聞いていたから、まぁいい曲なんだろうなぁって。いつの間にか、その曲を知らないまま鼻歌で奏でたりしちゃうんだけど。

喫茶店アーベントは、僕が働くちょっと古い喫茶店。カフェじゃなくて、昔ながらの喫茶店。固めのプリンがちょっとした評判で、もちろん豆から挽くコーヒーだって好評だ。

けど、年齢層は少し高め。

でも、最近はテイクアウトも始めたんだよね。時代と少しでも寄り添わなきゃ、やってらんないってマスターが言ってた。テイクアウトできるのは、今の所コーヒーだけなんだけど、これでも結構若いお客さん増えたんだよね。

「葵ちゃん」
「おはようございます!いつものですか?」
「うん。テイクアウト出来るかい?」
「大丈夫ですよ!今日は座って行かれないんですね」
「残念なんだけど、これから会議でねぇ」
「そうなんですね。今日も頑張ってください!」

超有名なコーヒーショップみたいに、テイクアウト用のカップに名前と一言を書きながらいつもの様にお話をする。僕は案外こういう時間が好きで、常連さんにはついつい話しかけちゃうんだ。もちろん、このカップを見て来て下さる人も増えた。特に、この常連さんの会社の人は何度もアーベンに来てくれている。

「今日は葵ちゃんのボーイフレンドは居ないのかい?」
「ボーイフレンドじゃないですよぉ。いや、お友達って意味ならアレです正解ですけど」
「ははっ、満更でもない感じだね」
「ぐ、別に本当に何も無いです。はい、お待たせ致しました!」
「からかい過ぎたかぁ。ふくれっ面も可愛いけどね。はい、お代。じゃあまたコーヒー飲みに来るから」
「はいはい。ありがとうございました!」

常連さんを見送って直ぐに、カランとドアベルが鳴った。コーヒーメーカーから目をあげれば、暗めの茶髪をオールバックにした背の高い男の人が1人。いつもの様に大きなバックパックを背負って、僕と目が合うとユルっと口角をあげた。

「――おはよ、葵ちゃん」
「……おはようございます。いっつも来てるけど暇なの、齋藤さん」
「つれないなあ、葵ちゃんってば。あ、今日はカフェラテのテイクアウトお願い出来る?」
「カフェラテ。珍しい」
「たまにはね。何だかんだ言いながら、俺と話してくれるの好き。可愛いかよ」
「…齋藤さんさぁ、それ恥ずかしいから止めてって言ってんじゃん」
「えー。なんのこと?それよりさ、今度の日曜日海行かない?写真撮らして」
「え、…またぁ?」
「うん。嫌?」
「………夜に連絡する」
「分かった。良い返事、楽しみにしてるよ」

そう言って笑った齋藤さんは、僕からコーヒーカップを受け取って丁度のお金をカウンターに置いてお店を出て行った。店内がやけに静かだって気付いて、見渡したらみぃんな僕を見てニヤニヤしてた。

はぁ?みんな、盗み聞きしてたんだ!

――ってこんな、狭いお店だから聞こえるよね。そりゃあ当然だよ。それから僕は、揶揄われるように常連さんたちから話しかけられたのだった。

――――――∞――――――

齋藤さんは、カメラマンをやってる。
実際に、展覧会も見に行ったんだけど、上手下手が僕には分からないけど、なんだか齋藤さんの撮る写真はどれもこれも目を引いた。

120センチ×240センチの大型パネルに写し出されていたのは、青い空と青い海の交差する水平線を眺める僕の後ろ姿だった。

何を思ってそれを撮ったんだろう。
何を思ってそれを大型パネルに引き伸ばしたんだろう。
何を思ってそれを『le ciel/la étoile』と題したんだろう。

フランス語で『空/星』って注釈あるけど、星の要素ひとつもないじゃん。空/海が正しくない?

なんて思いながらも、僕はその写真から目が離せなせずにいた。

――齋藤さんは、僕をよく海に連れて行って写真を撮った。

初めて被写体を引き受けた時も、2度目も、3度目も海で。勿論、海は全部違う所だ。海は海なんだけど。

シーグラスを空に翳す僕の横顔や、ゴミを集める僕の後ろ姿。正面から撮った写真はなかったけれど、まぁそれは僕が頷かなかったから。ぶっちゃけ、被写体するの恥ずかしくて。僕の顔、その辺にあふれるありきたりな平凡顔だと思うんだけどなぁ。齋藤さんも何が良いんだろう。

僕を被写体とする写真が『la étoileシリーズ』と呼ばれ始めることを、この時の僕はまだ知らない。知る由もなかった。というか、別に知りたいわけでもないしね。




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