モンゴル

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コラム
もう10年位前の話。私の女友達がモンゴルに行った。
モンゴルの大平原で馬に乗ろうという企画だった。
モンゴルでの乗馬は最初は良かったそうだ。
みんなで美しい原野を駆け足して喜んでいた。
すると突然友達の乗っていた馬が一直線に疾走し始めた。
手綱を引こうが声をかけようが馬は止まらない。
ぐんぐん走っていく。友達もなんとか馬にしがみついていたが
突然馬は止まり180°回転し、もと来た方角にまたすごい勢いで走った。
けれどその馬が180°回転した時 友達はバランスを崩し、
落馬したのだそうだ。
馬は見る見る彼女の視界から去っていった。
見渡せば 恐るべき広さのモンゴルの大地。
「私はここで、この広大な大地の上で最後を迎えるのかもしれない」と彼女は
この旅のガイドとインストラクターが馬を連れて助けに来るまで 
泣いていたそうだ。
なんて羨ましい体験なんだ。
私も360°何もない荒野で泣いてみたい。
泣き疲れて夜中にみる天の川 垣間見る銀河系の姿に 何を思うだろう?

美しい湖も良い。みどり豊かな森や草原も大好きだ。
けれど荒々しい岩と土の原野が一番気に入っている。そこは特別な気がする。
例えば私はいつも何かの私だ。
子供の私。大人の私。女性の私。何が得意で何が嫌い。
職業は何で 未婚や既婚 そういった属性がいっぱい山ほどつく。
でも荒れ果てた原野や広大な荒野を見ると ただの私に戻れる気がする。
いい私でもない。悪い私でもない。なんの定義も持たないただの私。
つまるところ電気信号を有する普通のタンパク質。なんでもない私。
その感覚がとっても心地よい。このまま土の一部となって
数億年 数千億年 移り変わり形を変える星座を眺めていたい。

それにしてもどうして友達の馬は突然走ったのだろう?
なんでもモンゴルではナーダムという競馬があり
騎手は6歳から11歳くらいの子供で
原野を15〜30キロメートル走るそうだ。
その馬は歳をとった落ち着いた馬だったけれど
走っているうちに 昔、その馬がまだ若くてレースに出た時の
あの興奮を思い出したのかもね。
人も馬も怪我がなくて何よりでした。
無事これ名馬
無事故これ名騎手でした。

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