「離脱ごっこ」は要らない。

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コラム
20年以上の摂食障害歴を持ち、40代でようやく過食嘔吐から解放されたことで
摂食障害から解放されるためにはどうしたらいいのか?
ということを自分なりに考えてブログにして書いています。

個人的には
「摂食障害は成長を促すための課題」として捉えていて、
「自分らしさ」へ向かう成長へのステップなので、
課題解決方法は一人ひとり異なると思っています。

私の場合は、愛情が持てなくなった人と離婚して、人生を再スタートさせようと動き出した時から、もう過食嘔吐は必要ないものになっていました。

けれど、悪習慣としてズルズルと過食嘔吐を手放せなかったことで、
左上腹部の腫瘍(良性)が見つかり手術となり、強制的に過食嘔吐から解放されたわけです。

「不必要なものにしがみつくと、こうなるんだな」と感じたことでした。


「自分を信じることができれば摂食障害なんて必要ありません。」

自分を信じることは、自分に自信を持ち、自分を信頼して、自分を大切にすることとイコールです。

私は、自分を信じてもう一度自分らしい人生をスタートさせようとしたことで、摂食障害から解放されました。

課題解決には人それぞれテーマが違えど、
ある種、自分の強さが必要になると感じています。

なので、私個人の考えとしては、
摂食障害のコミュニティなどで、過食嘔吐に共感を求めたり、応援し合っていると、摂食障害から解放される日が遠のくように思っています。

「辛い、苦しい、もうやめたい、今日もうすでに過食2回目」
「わかる、食費がヤバいよね、死にたい、吐く前に炭酸飲料飲んだら少しラクに吐けた」

感情を吐き出せるので、その時はラクになり救われたような気持ちになるかもしれません。

でも、感情を吐き出し合うことでは、その場に留まるばかりで、先に進めないんですよね。

むしろ、
摂食障害のコミュニティの中にいても
「自分はこの人達のようになりなくない」くらいに思って、
ぬるま湯から脱出するくらいの気持ちでいいと、私は思っています。


嘆き合って励まし合っていては、それでいいと勘違いしちゃいます。

「過食しないように頑張ろうね」と励まし合ったところで、
「一緒に」みたいな言葉が付いてくる「離脱ごっこ」をしているようでは、「お互いの足を引っ張り合うこと」と同じだと思っています。

過食嘔吐から解放されるためには、それぞれ自分らしい人生へと向かう課題解決テーマが異なります。

頑張るその姿やその過程に、人は感動して引き寄せられます。

それぞれの持つ人生テーマに対して
「貴方のように、私も頑張っていきたい」
そうお互いが思えるような生産性ある関係性や思考は自分の強さとなり、
過食嘔吐から解放されるためには有効だと感じています。


今回もマニアックなブログになりました。
最後まで読んで頂きありがとうございました。

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